3)地域の灯火となる宿泊施設を 「しおのめハウス」
一方で、溝口さんは個人事業として宿泊施設「しおのめハウス」を2024年3月にオープンした。しおのめハウスは、生駒駅からチロル堂とは反対側の山手方面へ大きな邸宅が並ぶ坂道を歩いていったところにある、ひときわ立派な門構えの日本家屋を改装した場所だ。民泊という言葉で勝手にイメージしていた小さな古民家とは全然違うスケール感に驚く。
溝口さんがここで民泊をはじめたのは、大阪のベッドタウンと称されアクセスもよい生駒に、宿泊施設がないことを不思議に感じていたからだった。
———ユニバ(USJ)にも行きやすいし、奈良市内にもすぐ行けるのに、なんで泊まれるところがないんだろうって思っていました。あるまちの駅前で、商店街のいろんな空き店舗をリノベして客室にして、晩御飯は商店街で食べて、お風呂も近くの銭湯に行って、鍵を渡しているだけというホテルのことを聞いて面白いなと思って。生駒の駅でもできたらいいなと思って探したんですけど、ハードルが高くて無理でした。そのときうろついていて出会ったのがここだった。なんて素敵なんだろうって一目惚れです。家賃が想定より高かったけど、借りないと後悔すると思ってすぐに決めました。
その後、たまたま出会ったという建築士さんに改装が必要かという相談に乗ってもらった。さらには、裏にある竹林の活用も考えている。裏庭を整えて、念願の生駒のメンマ「#いこメンマ」をつくろうとしていたり、竹林のライトアップイベントの計画もある。
その勢いは、まだまだ止まらない。たわわ食堂で出会った高校生たちも運営に加わってもらい、今後はローカルツアーや餅つきなどまちの人と交流できる地域参加型の宿泊施設に育てていく予定だ。
現在は、溝口さんが週4日運営しているフリースクール「和草(にこぐさ)」に通う子のお母さんに、しおのめハウスの庭でキッチンカーを出してもらっている。
———そのお菓子がすっごく美味しいんですよ。それを地域の人が食べに来て、井戸端会議して。彼女のつくるスイーツでいろんな人が元気になって、それを見た彼女も元気になるっていうのを見ていて、これってすごいことだなって。なにが大切ってやっぱり食かな、って思いました。たわわ食堂のモーニングに来るおばあちゃんたちも「私らただ喋りたいだけやねん」って言う。そのきっかけとして、ちょっと美味しいものがあると嬉しい。
「食と教育」に関することを、そのときどきにできることをやりながら、流れのままに展開してきた溝口さん。「しおのめ」には、暖流や寒流が交わり色々な生き物が育つ「潮目」のようにさまざまな人と地域のできごとが出会い、豊かに育つ場所になってほしいという願いが込められている。チロル堂との関わりかたを耕しつつ、しおのめハウスという新たな場とともに、このまちで暮らす人々の心の灯火のような場づくりを続けていく。