1)チロル堂×たわわ食堂 間口をより拡げる
チロル堂ができるまでは、こども食堂「たわわ食堂」を運営していた溝口さん。2015年に始めた頃は、子ども食堂は一般的ではなく、奈良県でもまだ2軒目という状況だった。それまで保育士をしてきて、「ちゃんと胃袋を掴まれて育っている子どもたちの根強さみたいなもの」を目の当たりにしていた。だからこそ、子どもにちゃんと食べてもらえることをやってみようと思ったのだという。とはいえ、場所は固定ではなく、公民館などを転々としながら行っていた。できるところで、できることを。それが溝口さんのやりかただった。
溝口さんに転機が訪れたのは、コロナ禍で活動の行き詰まりを感じていたとき。コミュニティキッチンをつくりたいと考えていた石田さんが食堂に見学に来たのがきっかけだった。
———私は目の前の人と半分こぐらいの、お裾分けぐらいのことしかできないし、それがしたいと思って食堂を始めたんです。でもコロナで公民館が使えなくなって。同じくコロナでお客さんが来なくなってしまった飲食店さんが「うちを使って」って声をかけてくださって。その後、石田さんが見に来てくださって「なにかわたしに手伝えることないかな」と、助成金をとってくださって。それでチロル堂が立ち上がって、たわわ食堂が間借りできることになったんです。
溝口さんは、チロル堂の立ち上がりに際して「誰もが来られる」ための最強アイテムとなる「駄菓子」を提案した。子どもたちと接してきた豊富な経験と、ご自身の駄菓子屋での思い出がこの重要なアイデアを生んだ。
———鍵っ子だったので、近所の駄菓子屋に行って、そこのおばあちゃんと何も会話しないけどふたりでワイドショーとか見て帰るみたいな場所があって、その時間が心地よくて、すごく救われたんです。「ほんまにヤバいなってなったときに行くのはあそこかもしれない」って思ってもらえたらって。いつも右と左を用意しておきたいんです。無料のものと販売のもの。子ども食堂と誰でも来られる駄菓子屋さん。
チロル堂ができたことで、たわわ食堂は固定の場所で開けるようになった。毎週水曜日は朝から夕方まで、丸一日「たわわ食堂の日」。モーニングに始まって、ランチ、喫茶と切り替わる。切り盛りするのは20名ほどいるボランティアだ。シフト表も特になく、「来られる人がやろう、できる人ができることをできるときにやろう」と合言葉のように言い合って行っているという。モーニングの素材はご近所からのいただきものを中心に、200円で提供するメニューをどこまで充実させるか実験中。内容も運営のやり方も、とても柔軟で軽やかだ。
———最初は終日って思っていなくて、やっとモーニングができるって思っていたら、お昼に定食屋をやりたいっていうボランティアの方が出てきて、「めし処きさいや」さんができたり。うちは後付け後付けが多くって。最初からこういうかたちでと思っていたわけじゃなく、9年間でどんどんかたちが変わっていって、多分これからも変わっていく予感しかないです。
モーニングは、独居のおじいちゃんおばあちゃんがメインターゲットです。来ないと生きているかなって心配になる。お昼は「きさいや」さんの美味しいお惣菜を目当てに赤ちゃん連れのお母さんたちが来てくださるかな。午後は子どもたちが来る。高校生のボランティアの子が来てくれるから、その子たちが引き連れてくる高校生のお客さんとかも。最近は、社会福祉協議会の方が、お外になかなか出にくい40代、50代の方を連れてきてくださる。ふたを開けてみたら、こういう使い方をしてくださるのかっていうご褒美みたいなことになっています。
ふだんのチロル堂とはまたベクトルの違うたわわ食堂。外に出にくい人、人の集まる場所に足を運びづらい人も気楽に来やすい場となっている。それはまた、チロル堂のありかたに広がりと奥行きをもたらす活動でもある。