アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#132
2024.05

境界をなくす 福祉 × デザインの「魔法」

1 まほうのだがしや チロル堂のしくみ 奈良県生駒市
1)毎日来たい!
子どもたちが引き寄せられる

近鉄奈良駅から西に4つめにある生駒駅は、難波や三宮へも乗り換えなしで行けて通勤至便な駅だ。南北のロータリーに小さいながらも近鉄百貨店があり、程よく整備されている一方、駅前商店街はこぢんまりとしてチェーン店などはほぼ見当たらない。子育て世帯の多いまちなのだろうか、学習塾が多い印象だ。駅の構内にも、駅周辺のビルのあちこちにも看板を見かけた。

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「チロル堂」はそんな近鉄生駒駅の程近く、小さなレトロビルの1階にある。日暮れ時、薄暗いビルの入り口にかかった黄色い暖簾と、赤い看板、メダルのようなポップな「チロル堂」のアイコンは、一見何屋さんだかわからない。お隣は居酒屋。こんなところに駄菓子屋が?昔の駄菓子屋さんのあけっぴろげな風情とは全く異なり、中が見えないので初めての人間にはやや入りづらい。怪しい人に思われないようにちょっと遠くから眺めていると、どこからともなく1人、2人……どころか3人4人と集まってきた子どもたちがスイスイと暖簾の奥へ吸い込まれていく。

その勢いに思い切って後に続き、中に入ると、店内の棚に机に所狭しとカラフルな駄菓子が並んで圧倒される。数十年来変わらない「にんじん」や「フーセンガム」の懐かしさ、新製品や輸入物のパッケージの目新しさに、大人でも心が躍る。来ている子どもたちは背格好もバラバラ、グループの子、ひとりの子、いろいろだけれど皆嬉々としてお菓子を選び、手にした小さな買い物カゴに入れていく。
「よく来るの?」と聞くと「毎日来てる」「昨日も来ました」と、常連さんが多そうだ。それぞれ戦利品を片手にレジに並ぶ子どもたちの顔は満足げだ。レジでは、お金の代わりに何やら木札と交換しているようだ。買い終わって帰る子はほぼおらず、あたりまえのように靴を脱いで小上がりに駆け上がり、カウンター席に陣取ったり、奥の座敷でちゃぶ台を囲んでいる。15、16人ほど座れる席はこの日いっぱいだった。買ったばかりの駄菓子を広げたり、カレーや軽食を注文している。ここは子どもたちの放課後のたまり場であり、食堂なのだ。いつもこんなに混んでいるのか尋ねると、「週末は朝からもっと混んでます」とスタッフの方。うっかり土曜日に車で前を通ったりすれば、入り口に溢れた子供たちが映画『十戒』の有名なシーンのように左右に割れていくぐらい、だそうだ。
駅近とはいえ、チロル堂の場所はメインから外れた小さい通りの一角にあり、大きな看板を出しているわけでもない。入り口は秘密の基地さながら奥に引っ込んでいる。それでも口伝えで、いつしかこんなに子どもたちが集まるようになったという。

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