アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#127
2023.12

育つ環境をととのえる 人も、自然も

3 「あいだ」の豊かさ、部分と全体 NPO法人SOMAの取り組み3
2)庭から、環境の改善へ 轟まことさんの仕事

ここからは、瀬戸さんが聞き手となり、山結びを技術面で指導する轟まことさんが自身の仕事について語っていく。
轟さんはふだん、造園工事やワークショップを行い、九州各地を飛び回っている。「植物と人 雨の森」代表(以下、雨の森)、NPO法人「地球守」理事でもある。

轟まことさん / 福岡県宗像市生まれ。幼い頃から植物が好きで、三重県にある全寮制の農業系学校に進学する。福岡に戻って花屋に勤めた後、花を勉強しようとイギリスに渡り、庭に出会う。帰国後は造園屋で働き、25歳で独立を決める。ナチュラルガーデン第一人者といわれるポール・スミザー氏のもとで4年間修業してから独立。

轟まことさん / 福岡県宗像市生まれ。幼い頃から植物が好きで、三重県にある全寮制の農業系学校に進学する。福岡に戻って花屋に勤めた後、花を勉強しようとイギリスに渡り、庭に出会う。帰国後は造園屋で働き、25歳で独立を決める。ナチュラルガーデン第一人者といわれるポール・スミザー氏のもとで4年間修業してから独立

植物や花から、庭へ。轟さんは、自身の好きなものを深掘りしながら、仕事の視野を広げてきた。ポール・スミザー氏のもとで、農薬や化学肥料を一切使わない庭づくりを行ったのち、30歳を目前に福岡に戻って雨の森を立ち上げる。「自らで庭を管理したい人のサポートをする」ことを掲げ、造園工事を手がけるようになった。
活動を続けるなかで、今の方向を決定づけたのは「地球守」を主宰する高田宏臣さんとの出会いだった。高田さんは「土中環境」に目を向け、環境再生に取り組んでいる。

———地球守に参加したきっかけは2017年の北部九州豪雨です。お客さんから「庭に降った雨が染み込まずに田んぼのほうに流れた」という話を聞いて、土なのになぜ染み込まなかったのかと疑問に思いました。他の現場でも、排水溝を入れても水はけの問題が解決しなかったり、いつも通りやっているのに水がすごく溜まる場所があったりして、当時の自分には謎だったんです。
そんな頃に高田さんのメガソーラー問題シンポジウムに参加したら「何もしなくても、水が染み込みにくくなっている」と知って、ショックを受けました。山から見た庭のような大きな視点で庭を見たことがなかったと気づき、庭を改善したら山がよくなっていく、お隣さんもよくなっていくような庭造りができないかと思うようになりました。

高田さんの研修を受け、「庭に降った雨くらいは庭に染み込ませたい」と、広い視点から環境改善に取り組むようになる。以下、轟さんが手がけた実例がいくつか紹介された。

移住した地域住民(宮崎県青島)
———かつて山を削ってつくられた別荘地ですが、隣の山で大きな土砂崩れが起きて駅が海に流された。ちゃんと水が染み込む地域にしたいという切実な思いがあって、移住者の方が中心となって、ワークショップに呼んでくれました。
ここでは、居住区を修繕していく造作が環境改善につながるようになりました。作った竹炭を誰でも持っていけるようにしたり、私有地で道路工事もできるので、ガードレールを焼き杭でつくったり。

■飛行機部品の製造会社(長崎)
———製品を作る過程の環境負荷が高いので、工場の一部を緑化、環境改善させたいという依頼です。
雨の水が染み込むようにして、溝を掘った土でマウンドをたくさんつくりました。工場のみなさんは米作りもしているので、そこで取れた藁を使うなど、資材は全部この土地の周辺にあるもので行いました。

その他、個人宅の依頼も多い。八代市の住宅街にある、個人経営のカフェのワークショップでは、屋根の雨樋を外した。「排水口ではない、雨が土をえぐらずに浸透して菌や虫にバトンタッチしていけるように」するしくみを溝の中に造作した。
熊本の住宅では、家の基礎の部分を、通常のリサイクル砕石ではなく、炭と「1トンバッグ100個分の落ち葉」を入れて、根底から作り直すことも実現している。

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轟さんの行う環境改善はケースバイケースだが、目指すところはシンプルだ。

———降った雨が土に浸透し、土の中を水と空気が滞りなく巡り、土が本来の豊かな環境を育む土壌へと育っていくことです。それには、土に染み込んだ雨はどこから出ていくのかも大切です。

高田造園さんの現場研修で、川崎のお寺で弁天池をつくっています。建物の下にあった地下道を全部崩して解体しました。多分昔ここに池があって、水が集まっているんだろう、と。地下に閉じ込めてしまっては水が染み込んだり湧き出したりしないので、雨の日にはここに水が集まってきて染み込み、一定の高さで水が湧いてくるような場所をもう一度つくり直そう、と。
とある山に登って石垣の調査をしたときは、昔の人が掘った溝があって、そこに水が浸透して出てきているのに、U字溝の角が高くて水が流れなくて手前が臭っていたんです。出口から水が出ていくと、溜まっていたところから引っ張られて水が出ていく作用があるので、出口の水を出していくっていうのはすごく大事です。


山結びの現場でも、轟さんのやることは基本的に変わらない。使う素材は宮地山にある木や石や葉っぱで、それらを使って水や空気の通り道をつくり、土を蘇らせようとしている。

———私はふだん工事をしているので、それに比べると山結びの活動はすごくゆっくりなんですけど、素人のみんなで、ちょっとずつ、ていねいにやっていった結果、昨日見に行ったら土が変わってきていた。目に見てわかるぐらい変化がたくさんありましたよね。

轟さんの「七つ道具」。腰につけ、基本的にこれらでできることを行う

轟さんの「七つ道具」。腰につけ、基本的にこれらでできることを行う

前号でも取り上げた「落ち葉ダム」は、効果絶大。轟さんが友人の今西由起さんから聞いた手法だ。
———ハンドスコップを地面に刺して手前に引いたら隙間ができるじゃないですか。そこに縦向きに落ち葉を何枚か重ねて挿して、スコップを抜いて土を戻す。水が浸透するチャンスをたくさん作っているんです。(轟さん)

———作り始めたら参加者さんが面白がって200個ぐらいばーっとできて、何かの儀式かと思うほど相当不自然な状態になってしまって(笑)。
一週間後に僕が登ってみたら、上のほうの落ち葉が何者かに食べられているんです。よく見るとダンゴムシやミミズが表に出てきてバクバク食べて糞をしていた。ミミズのウンチなんでネバネバしているんです。そのおかげで上に乗った葉っぱとかが留まるようになりました。(瀬戸さん)

宮地山の状態が良くなってきた土

宮地山の状態が良くなってきた土

山結びでは、まず前回やったところがどうなったかをみんなで現場検証する。
———肩を作ったところにどんどん芽が出てくるんですね。ツワブキは一般的ですが、出てくる量が全然変わってくる。そして、それに紛れてムクノキとかゴンズイなどの芽もどんどん出てくる。植えるのが重要なのではないんですね。環境を整えてあげると、その環境に存在している植物がちゃんと出てくるんです。(瀬戸さん)

自然をよく見て、手を加え、整えていくことで、自然は反応を返してくれる。さらに、かつてそうだったはずのすがたを見せてくれる。その手応えは喜びでもある。轟さんの日々の実践も、その繰り返しと積み重ねなのだと思う。
最後に、轟さんは、さまざまな活動を通して実感していることを述べた。

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———(2023年)2月に地球守でもフォーラムをさせてもらって、「内なる自然」という言葉を聞きました。「これ以上ここを開発したらよくないんじゃないか」と、一人ひとりのなかにそういう感覚が芽生えることが大事だと思いました。
環境改善がいいのは、人ができることは本当に一部で、あとはみんなに頼んでやってもらうしかないんだ、というのが実感としてわかるところ。それをぜひ体験していただいて、自分のなかの内なる自然を育んでもらえたらいいなっていうのが一番伝えたいことです。

自然にふれることによって育まれる、自分のなかの自然。一人ひとりのそれは異なり、山や川、海との結ばれ方も違ってくる。それらが多様に重なり合うなかで、環境改善がじわじわと進んだ先の風景を想像した。