アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#127
2023.12

育つ環境をととのえる 人も、自然も

3 「あいだ」の豊かさ、部分と全体 NPO法人SOMAの取り組み3
3)データで見る山 パネルディスカッション

後半は、瀬戸さん、轟さんに、前日山結びに参加された林業博士の西野文貴さん、そしてYAMAPの春山慶彦さん、林業家の中川雅也さんが加わって、5名でパネルディスカッションが行われた。
西野文貴さんは、世界各地での植生調査や植樹指導など、多岐にわたる活動を行っている。土地の植生を復元し、苗木等の販売も手がける株式会社グリーンエルム代表でもある。
中川雅也さんは、2016年、和歌山県田辺市で株式会社中川を立ち上げ、林業を始めた。まったくの門外漢だったが、現在は和歌山県で年間90ヘクタールに木を植える。
春山慶彦さんは、登山者用の地図アプリYAMAPの代表を務める。国内最大となる登山・アウトドアのプラットフォームを経営しつつ、自ら山を歩き、山をふくめた自然について思考を深めている。
テーマは「データで見る山」。まず、瀬戸さんが山の状況を数字で示していく。

左から瀬戸昌宣さん、轟まことさん、春山慶彦さん、西野文貴さん、中川雅也さん

左から瀬戸昌宣さん、轟まことさん、春山慶彦さん、西野文貴さん、中川雅也さん

誰もが閲覧できる国土地理院の地図と航空写真。「山のなかにいるだけでは取得できない情報は、テクノロジーを使って、その全体像を掴んでほしい。等高線を読むと、宮地山は東西に薄っぺらく、南北に長くなっている山です」(瀬戸さん)

誰もが閲覧できる国土地理院の地図と航空写真。「山のなかにいるだけでは取得できない情報は、テクノロジーを使って、その全体像を掴んでほしい。等高線を読むと、宮地山は東西に薄っぺらく、南北に長くなっている山です」(瀬戸さん)

———僕らが山結びで扱おうと思っているエリアが大体20ヘクタールぐらいです。たとえば、初回、2回目の山結びでは雨がぱらぱらと降っていた。その時の雨量が毎時1mm。1平方メートルあたりに1mmの雨です。その体積は1リットルですから、1ヘクタールの森であれば1万リットル、つまり10トンの水が降る。ということは、僕らが山結びの活動を1時間やっている間に、その20ヘクタールには、200トンの水が降ったことになる。毎回合計6時間くらい作業しますから、合計1200トン程度です。これは25メートルプール2杯分ぐらい。相当な量ですよね。
そのうち、大体6割の雨が蒸発・蒸散せず、地面にたどり着きます。その半分強が地中へ入っていき、半分弱は地表面を流れていくと言われています。ただ、宮地山のように下草の全然ない場所だと、地中に入っていく水の量が3分の1になってしまいます。つまり、10トンの恵みの雨が降ると、6トンの水が地面にたどり着き、そのうちの約3トンが地中に入り、地下水にされていくところが、森が荒れていると、地中に入るのは1トンだけで、残り5トンの水がザーッと地表を流れていってしまう。これがいま日本の各地で起こっているんですね。財産としての水をドブに捨てているような状況です。水がやっと海から戻ってきてくれたのに、受け入れられない状況を僕らは自分たちでつくっている。
さらに、宮地山の現状としては、下層植生が発達していないため、最大で年間1cmの土が流出してしまいます。土は1cmできるのに100年かかるのに、山に手を入れていないと100年分の時間の厚みが1年でなくなっていきます。すでに僕らは何千年分か失っているのではないでしょうか。

大きな数字はなかなか体感しづらいが、それでも途方もない損失であることは理解できる。
次いでパネリスト3名が、それぞれの観点から数字や量をあげていく。中川さんと西野さんは、木を植えること、木を見ることから。

中川雅也さん

中川雅也さん

———木を植えることを、CO2を削減する「カーボンオフセット」から理解してもらおうかと思います。木は成長するときに中にCO2をたくさん蓄えるんですね。広葉樹の苗木を約1000本山に植えると、毎年1トンのCO2を削減することができて、温暖化対策になるんです。
山によっても植栽の本数も変わるんですけど、1ヘクタール当たり2000~3000本植えましょうって国は出しているんですね。そうすると、宮地山が20ヘクタールとすれば、全体に広葉樹を植えたときに1年間に何トンCO2を吸収するのかが計算できると思います。(中川さん)

西野文貴さん

西野文貴さん

———僕の恩師は宮脇昭先生といって、植樹の神様と言われたような先生でした。僕はその方の方式を採用することが多いんですけど、1平米に約3本か4本植えます。そうすると中川さんがあげてくれた本数の3倍ぐらいかもしれないですね。なぜ3倍も植えるのかというと、自然に競争させて早く育てようということなんです。そういうことをすると、いまのカーボンオフセットももっと希望的な数値が出るんじゃないかと思います。
宮地山の頂上にめちゃめちゃ大きなタブノキがあるんですよ。3人ぐらいで輪をつくらないと抱えられないぐらい。あそこまで大きくなるのに、何年かかったかわからないです。100年かかったかもしれない。まずはその100年の財産を見てみることが、課題解決の大事な一歩なのかなって。(西野さん)

———数字の実感というのがありますよね。例えば風呂桶1杯って言われたらわかる。2杯も多分わかるんですよね。5杯になるとだいぶ難しくなってくる。500杯とか600杯とか言われても把握できない。
しかし、何かをはかるために必要なスケール、ものさしを自分のなかにいくつも持っておく必要があると思うんですよね。たとえば、危ないからあまり雨のときに川を見に行ってほしくはないんですけど、「この濁流を1分見ていた間に流れた水の量」みたいなね。自分の実体験に紐づいているかっていうのは非常に重要で、僕はそれをSOMAの教育事業で「手ざわりのある学び」っていっているんですね。
春山さんはいかがでしょうか。たとえば登山人口などはどれくらいでしょう。(瀬戸さん)

春山慶彦さん

春山慶彦さん

———僕らが一番参考にしているデータはレジャー白書で、それによると登山者の人口は約650万となっています。レジャー白書では、1年に1回山に行った人を登山者とカウントするんです。山菜取りに行っている人とか、山登りというよりはレジャー感覚で行っている人や、お参りも含んでいると思います。僕の実感値としてはもっと多いと思っていますが。
日本に暮らす人の1割も山に関わっていないというのが仮に本当だとすると、すごくまずいことだと思っています。なぜなら、日本の自然は人の手が入って成り立つ自然なので、人の手が離れると、どんどん山が荒れていきます。イノシシとかシカやクマが里に下りてくるとか、そういう状態になっていくので。山を歩くというだけではなくて、いかに山と関わる人たちを増やしていくかが社会にとって極めて重要だと思います。(春山さん)