アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#126
2023.11

育つ環境をととのえる 人も、自然も

2 人と山を多様につなぐ「山結び」 NPO法人SOMAの取り組み2
4)がちがちのつるつるを、やわらかくふかふかに

山頂に着いた。とはいえ、杉などの高木に阻まれ、見晴らしがよいわけではない。植林される前は、向こうに海が見えたはずだ。
ひときわ大きなヒメユズリハの木がぐるりと縄で囲まれ、その前に鳥居がある。鳥居自体は新しいが、かつては山を登ってきた参拝者が祈りを捧げた場所なのだろう。

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山結びの具体的な活動は、ここで行われている。頂上をぐるりと見渡すと、一風変わった景色が広がっていた。地面に木の枝が刺してある。大小取り混ぜ、さまざまな角度で。丸太を使った階段もある。大木の根元には、たくさんの石が挿し込まれている。
これらは、前回までの山結びでなされたものだ。轟さんの「環境改善」の思考と技術を生かした、水がゆるやかに流れ、土が再生できるような試みである。轟さんがしっかり解説してくれる。

———「肩」の整備は、斜面をいったん直角にして、元々山にある丸太を並べたりしながら杭を打って、削った土を層にして戻します。丸太と土の間にも落ち葉を入れたりして。土の中の水が集まってくる場所に凸凹をたくさんつくって、ゆっくり出してあげる。
階段は一見削って段をつけているだけに見えるけれど、ものすごく手をかけて丁寧に作っています。丸太のぎりぎりのところに穴を開けて枝などを入れ、そこに染み込んだ水が丸太の下にも染み込むように、さらに何ヵ所も穴があけてあります。階段のサイドには全部溝を掘っていますが、何度か(ドライバーで)グリグリして、落ちている枝と葉っぱで泥が入ってこないようにして、自然に凹みになっていくようにして。枝や葉っぱが分解されてなくなるころには、菌の力などで草の根っこや木の根っこが守られて、空洞が残っていくようにしています。

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轟さんたち渾身の階段 / 菌がつきやすい木の皮を集めて使う / 杭はできるだけ垂直に打つ

轟さんたち渾身の階段 / 菌がつきやすい木の皮を集めて使う / 杭はできるだけ垂直に打つ

木の根っこに大量に打ち込まれている石もまた、水を浸透させるための手立てだ。根っこに対して斜め45度に挿しておくと、雨が降ったときに幹を伝って落ちてくる雨が木の根元に対流しやすくなる。ちなみに、改善に使っている枝や葉っぱ、石などはいずれもこの山のもの。山を改善するために、適材を適所に、人の手で収めている。
それ以外にも、水の流れをゆるやかにし、土中に浸透させるためにできることはいくつもある。集めた落ち葉を束ねて地面に垂直に挿す「落ち葉ダム」。地面に空いた蝉の抜け穴などに小枝を挿す……。それらだけでも「全然違う」と瀬戸さんは言う。誰でも、どこでも応用可能だ。

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これらの作業で、どれくらい水は浸透し、変化が生まれたのか。西野さんが土にさわる。

———土は固層、液層、気層、3層構造。4:3:3の割合だと植物って大体なんでも上手く育ちます。土壌構造が一番いい状態っていうのは、土を握って手を放してこぶしの跡がついて、それをちょっと触ると崩れるぐらい。これが4:3:3。さあここはどうでしょうか?
まず表面の土。あんまりこぶしの跡になっていないですね。触っても崩れるというよりは粘性、粘土質です。4:3:3ではないです。では、改善してみた土を掘り返して、ちょっと握ってみるとさっきよりこぶしの形になっているのがわかりますか? ちょっと触ってもまだ崩れはしないですね。どちらかというと腐葉土が多くて、まだ土に戻ってはいない。でも明らかに違います。(西野)

———ここの道は、水が浸透していくための穴がいくつも地面に開けられていて、その上に枝や葉っぱと土が何層にも重ねられています。歩いてみるとやわらかいんです。僕らがそこに介在することで空気の循環がちゃんと行われるようになる。これが僕らが自然と共存共栄関係をつくるっていうことなんですよね。(瀬戸)

頂上の「がちがち、つるつる」した土が「やわらか、ふかふか」に変わっている。やわらかいとは、他をしなやかに受けいれ、変化していく余地があるということだ。「共存共栄」という言葉が、このとき少しリアルになった。

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やわらかくなった土 / 他にも生じた山の良い変化。肩の部分や打ち込んだ丸太などに芽が伸びている。的確に改善すれば、山はそれに応えてくれる

やわらかくなった土 / 他にも生じた山の良い変化。肩の部分や打ち込んだ丸太などに芽が伸びている。的確に改善すれば、山はそれに応えてくれる

賑やかな頂上に風が吹く。空を見上げると、黒い影が動いた。今朝、瀬戸さんに聞いていた「大きな蝶」が舞っている。高い木のあいだを、とても速く。

———水もそうなんですけど、空気も滞っていたので、木の下枝を落としていきました。人の目の高さ、背の高さぐらいにある枝です。陽が入ってきて、風が通るようになる。そうすると蝶が飛ぶんです。何種類ものアゲハチョウがここで見られるようになりました。あれはクロアゲハ。カラスアゲハもいますね。さっき、キアゲハもいましたね。

蝶はつねに風の通り道を探しているという。蝶が空気の流れを教えてくれるのだ。

———「あなたがいるからここがよりよくなった」という関係性を自然とどうつくるかっていうのは、目に見えないものまで意識をどう向けていくかっていうこと。木とかがないと僕らは風の存在もわからないじゃないですか。皮膚とか毛があるから風を感じられるわけで、風だけ見ていても風があるかわからない。何かが「翻訳」してくれるから僕らは世界とつながれるわけなので。

水と空気と、光と。通り道を作って、それらを気持ちよく通していく。山の毛細血管をよみがえらせ、全体のめぐりがよくなるように。そして、わたしたちはそれを、山の生き物や物質を通して体感する。山結びを通して、慈しみの気持ちが生まれるようでもある。

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