アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#126
2023.11

育つ環境をととのえる 人も、自然も

2 人と山を多様につなぐ「山結び」 NPO法人SOMAの取り組み2
5)その時々のベストを重ねていく

山結びで行う改善は、うまくいくこともあれば、そうでないことももちろんある。ささやかながら、根気が要る。それでも、続けていくことが大切だと瀬戸さんは思っている。

———山にあるものを使って改善を行うので、季節によっては山でできることに制約があったりするんですが、石1つでも大きな変化を起こせたりします。でも、一気に理想の状態にしようとする必要はないので、少しずつですね。山頂の土もやわらかくなったから、もうちょっと杭を入れたいと思っていたのですが、今日だったら入るんです。でも前回は入らなかったんですよ。少しずつ、少しずつ。
こうやって、山に人が戻ってきてかかわり続けるっていうのが一番のケアになると思います。「宮地の森、どうなったかな?」って気にするだけでも、この山に対するケアに十分なっていくと思うので。そして、山をケアすることは自分自身のケアにもつながるように感じます。

一気に進んだことは、急速に失われることもある。また、直線で進めば、ぽきんと折れたりもする。環境再生を進めるにあたっては、右に左に揺れながら、しなやかに、ゆっくり進んでいくこと。それがもっともたしかな近道なのだと実感する。
山にいるときの参加者は、みないきいきとして見えた。土にさわり木にさわり、小さな変化をつくることで、山と近しくなっているようだった。山をすこやかにしようとすることは、自身をすこやかにすることでもあるのだろう。

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活動を通して、轟さんと西野さんも、それぞれ実感していることがある。

———環境改善を始めてから、山ってどうやってできたんだろうとか、雲ってどうしてあそこにあるんだろう、風がどこからどこに吹いているのか、などと疑問に思うようになりました。あれも水の動きのひとつなのかしら、と。
例えば、自分が水まきしている水と雲がつながっていることとか、降った雨が自分の食べる魚とかかわりがあることとか、頭ではわかっていても、実感することってないでしょう。わたしは今でもないといえばないですけど、毎日、環境改善をしていたら、言葉にはならない実感が自然と湧いてくる。「もしかして、すごくつながっているんだな」って。
今の社会はそういうことを全然気にせずに生きていけるようになっているので、ちょっとだけ気にしてみると、まちのなかでも、ここの風はぬるいとかこっちは埃っぽいとか感じられると思います。そうやって自分の感度を上げていくのが環境改善にとって一番大事だし、人間として生きていくのに大事なことなんじゃないかなと思います。(轟)

———今、僕らがやらなくちゃいけないのは、今のベスト。これまでの歴史や伝統、文化を踏まえて、どういうふうに処置していくのかが大事になってくると感じています。
森をつくるというときに、僕の治療の仕方は植樹という方法なんですけど、今日僕が勉強になったのは、全然違う治療をして、血液の流れをよくするみたいな。いろんなやり方がその時々のベストであると思うんですよね。それを月に1回ここで瀬戸さんがやられている。トライ&エラーで改良しながらやっていくことが大事なんだろうなと。そのために一人で考えるのではなくて、森と一緒でみんなで多様性を持って考えていく。そしてひとつのよい未来へ向かっていくのが大事なのかな、と思いました。(西野)

玄界灘から宮地山まで、一直線でつながっている

玄界灘から宮地山まで、一直線でつながっている

かかわるひとり、ひとりの感度を上げながら、トライ&エラーで多様に行う環境再生。そこに正解はない、と瀬戸さんは考えている。

———これが答えっていうものは僕も西野くんも轟さんも全く持ち合わせていなくて、そのときの正解も次の瞬間には変わっていくんですよ。なぜなら、その正解をほどこした次の瞬間にはここはもう別の環境になっているから。環境に手を入れると新しい環境が生まれて、その新しい環境でまた別の課題が見えてくる。かかわり続けなくちゃいけないんですけど、自然と共に生きるっていうのは悩み続けるっていうことなんだろうなと思います。

正解のない、果てしない実践。かかわる人々にとっては楽しいことばかりではないかもしれないが、そうして人も自然の一部となり、100年、200年先の未来がつながりうる。同時に、その人の日々の生活にも接続できる。

———みなさんの身近なところ、おうちの庭なんかでも土にさわってみて、木の枝だったり葉っぱだったり石だったり、その場にあるもので何かやれることをやってみると、自身と自然のつながりを発見できるかもしれません。(瀬戸)

現在と過去、未来。山と庭。さまざまに行き来するなかで、山結びの活動は動いていく。
次号は、山結びスペシャルツアーの翌日に開催された「第二回山結びフォーラム」をレポートしながら、この活動をさらに大きな視点からみていきたい。

頂上から少し下がったところにあった拝み石。かつては眺めがよかったと思われるが、現在眺望はまったくない。「ここからの眺めがよくなるくらい、木を伐って改善したいと思っています」(瀬戸さん)

頂上から少し下がったところにあった拝み石。かつては眺めがよかったと思われるが、現在眺望はまったくない。「ここからの眺めがよくなるくらい、木を伐って改善したいと思っています」(瀬戸)

NPO法人SOMA
https://www.nposoma.org/
構成・文:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員
写真:成田舞(なりた・まい)
1984年生まれ、京都市在住。写真家、1児の母。暮らしの中で起こるできごとをもとに、現代の民話が編まれたらどうなるのかをテーマに写真と文章を組み合わせた展示や朗読、スライドショーなどを発表。2009年 littlemoreBCCKS写真集公募展にて大賞・審査員賞受賞(川内倫子氏選)2011年写真集「ヨウルのラップ」(リトルモア)を出版。