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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#122
2023.07

千年に点を打つ 土のデザイン

1 土という素材に潜る 高橋孝治と常滑
3)産地と作り手ありきのものづくり 泥くさいデザイナーとして 

2000年代前半、日本のものづくりはどのような状況だっただろうか。振り返ってみると、各地の工芸品に目が向けられるのはまだ先のことで、デザイナーが産地に出向いて職人と仕事するようなスタイルもごく一部のことだった。一般に、産地とデザイナーには距離がある時代だった。

高橋さんにとって、鯉江優次さん(以下、優次さん)との協働は、良品計画のインハウスデザイナーとしてデザインを任された最初の仕事だった。熱量をもって、制作に時間をかけて取り組んだ。

———優次さんにも、すごい熱量でやっていただいて。無印良品の全店舗に並べるための急須は数をつくる必要がありましたから、優次さんがコーディネーター役になり、いろんな窯元とチームを組んでくれたんです。それがどれだけ大変な、すごいことかが、当時はわからなかった。産地のことを知らないって、そういうことです。今ならよくわかりますけど、その頃は「常滑という産地」を考える発想もなかったです。

優次さんのことは次号でくわしく取り上げるが、無印良品の急須を手がけた頃、山源陶苑の経営は危機的な状況で、優次さんは先代に東京の問屋から呼び戻されたばかりだった。そんな経緯もあって、プロジェクトは高橋さんと優次さん双方に手応えを残し、関係性が続くことになる。

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山源陶苑代表の鯉江優次さん

高橋さんが2007年に良品企画(株)のインハウスデザイナーとして企画・制作した「常滑焼・急須」

高橋さんが2007年に良品企画(株)のインハウスデザイナーとして企画・デザインした「常滑焼・急須」(撮影:高橋孝治)

———この急須をグッドデザイン賞に出したら、審査員の一人が「私の選んだ逸品」にあげてくれた。優次さんも喜んでくれましたが、その茶器は「季節商品」で2年間で終了し、継続して発注することができなかったんです。
そして、優次さんと僕とは、窯元とインハウスデザイナーの関係なんで、仕事は途絶えるんですよ。だけど、ものをつくっていくうえで、熱意が合致していたから、他の無印良品の焼きものの商品デザインなどを「どう思います?」って相談していたりもして。(高橋さん)

優次さんは、その熱意に驚きつつも、嬉しかった。

———「こんな泥くさいデザイナーがいるんだ」って。夜の9時10時に電話をかけてくるし。こんな熱心な人がいるんだって。無印良品のデザイナーに勝手にイメージ持ってたんですが。こっちが夜遅くまで汗水流して働いているときに電話がかかってくるのがすごく気持ちよかった。(優次さん)

———会社の給湯室でこうやって(お湯を注ぎ)ながら「切れが違うんですけど、どういうことなんですか」って。 (高橋さん)

良品計画でプロダクトの開発に熱心に取り組んでいくうちに、高橋さんは次第に悶々とするようになった。製品のアイデアとしっくりくるかたちを考えるのは楽しい。しかし、作り手の選択はその後で、コストや供給力などで決めることが多くなる。デザインは主に東京に居ながら進める。そのやり方に違和感をおぼえ、土地固有のものづくりを知りたくて、常滑だけでなく、各地を自発的にも訪れるようになった。
そのなかで、作り手やデザイナーたちと知り合っていく。なかでも、雲仙小浜に根ざしたデザイナー・城谷耕生さんとの出会いは大きかった。自身の生活を楽しみながら、住まう地域に関わり、ものづくりを循環させていく仕事と生き方にすっかり感化された。こうして、高橋さん自身のものづくりの土壌は整えられていったのだ。
東京で企業の一スタッフとしてではなく、生まれ育ったまちや産地などで、自分なりのデザインを探求したい。作り手ありきのものづくりに関わりたい。さらに、プロダクトのデザインにとどまらず、地域のデザインプロジェクトを手がけてみたい。
高橋さんは、東京を離れて仕事することを選択した。出身地の別府に帰ろうと思っていたが、優次さんの山源陶苑、彼に紹介されたタイル会社からの仕事の話が来て、常滑に住むことを決めた。

———移住先で2つクライアントが決まっているって大きいじゃないですか。別府に帰って、それこそ挨拶回りから始めようと思っていた身からすれば、すごく嬉しい状況っていうか。

土地の人たちと関係性を築きながら、じっくりと仕事に取り組んでいくはずだった。

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事務所の入り口には高橋さんのお子さんが描いた絵が。常滑に来てから、生活と仕事が一体化するようになった