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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#117
2023.02

木彫刻のまちを、文化でつなぎなおす

2 宿と工芸 有機的な協働 富山県南砺市井波
3)一生のステージを「セッション」で育む taë

———空間づくりのやりとりを密にやるようになったのはtaëからだと思うんです。TATEGU-YAのときは進んでいくなかで、この空間に(木彫像を)置くとしたら何? っていう感じで進んでいったので。“セッション”っていう感覚は、「taë(タエ)」からだと思います。

そう語るのが、田中孝明さんの妻で、漆芸家の早苗さん。TATEGU-YAは孝明さんの作品に感動した山川さんが、建物のなかに置く作品の制作を依頼する、というかたちで始まったが、2棟目のtaëは、さらに進化して、早苗さんいわく空間づくりのセッションに進んだという。

田中早苗さん。「木彫・漆 トモル工房」のショップスペースにて

田中早苗さん。「木彫・漆 トモル工房」のショップスペースにて

taëは大きな家の多い井波では比較的小さくて、建坪面積が約70㎡。井波はかつて養蚕業でも栄えた。この家は、養蚕で富を築いた藤澤家の別邸。長期滞在できるようキッチンや浴室があり、大きな窓から中庭の風情も楽しめる。

この空間を山川さんとともに構想した作家が、早苗さんだ。天井には、部分部分に漆を塗った朱色の和紙が、幾重にも重なり、柔らかに泳いでいる。「漆の重ね塗りをイメージしている」と早苗さん。蚕の繭は何層にもなる。早苗さんが手がける「乾漆」という技法も制作工程で何度も漆を重ね塗りする。そこから、宿も「多重」と名付けられている。

早苗さんも県外出身で、神奈川県生まれ。井波で漆芸家の修行をし、夫の孝明さんとともに2008年に工房を立ち上げた。普段は原型に布を貼り重ねて、器を自由に造形できる「乾漆」の技法で漆器をつくっている。

TATEGU-YAができた後、山川さんのもとには地域で活用できそうな空き家の情報が入るようになっていった。
「次の1棟」にかかわる作家について、田中夫妻が山川さんたちと話し合っていたときのことだ。「2棟目の場所が決まった」と山川さんが言う。そのとき、山川さんが協働したいと言った相手は、思いもよらず自分だった。早苗さんは、とまどった。

———コンビニのイートインでアイスを食べながら、あの人はどうか、この人もいるとか話していたら、山川さんが「やったらいいじゃん、早苗さん! いまから物件を見に行こう!」と。それから、taëが建つ場所に行って、「何か感じることをイメージして」と言われたんです。つい最近まで人が住んでいた空間で、まだ地図やカレンダーが壁に貼ってある。「イメージなんか湧かん!」って最初は言いました(笑)。

だが、協働は始まった。しかも、「作品を設置すること」にとどまらず、作家が建築自体にかかわり、空間と作品づくりを建築家とともに考えていくかたちで。試行錯誤のなかで、この場にしかない「作品」が生まれていった。

———行くたびに「イメージしなきゃ、イメージしなきゃ」って思うんだけど、建築と作品を合わせたことなんてないし、普段は工芸品として器をつくっていたので、どうすればいいんだろうって。
建物は、こじんまりとした奥まった家。コマばあちゃんって呼ばれる人が住んでいて、つくりが小さかった。建具もちょっと幅が狭かったり低かったりしてコンパクトな感じ。自分は小さいもの、手のなかに入るようなものが好きで、自分に合っているなとは思いました。
当時朱色の作品をつくるのが好きだったので、漆の朱をモチーフとして使うことにして。そうしたら、山川さんは、壁の色を、朱が映えるようにグレーに変えてくれたりとか。作品をどこに飾りたいと言えば、こんなふうになると案を持ってきてくれる。そんなやりとりを続けました。

どんな空間をつくるのか、そこにはどんな作品がふさわしいか。taëは長期滞在者向けに、キッチンや浴室を整えることになっていた。であれば、ホテルのような空間ではなく、落ち着ける宿にしたい。床の間においたメインの作品も、タイトルは《包み込む》とした。

———taëは落ち着ける宿にしたいっていう思いがあったので、静かにこのまちを歩いてきて今日はどうだったと振り返ったり、もし悩みのある人が来ていたとしたら、自分の気持ちが浄化されるような場所にしたいと話し合ったりして。何もない部屋で、今日一日を振り返ったり自分と向き合ったりするときに、空間ごと包み込んでくれるような、温かいイメージを与えたいと思いました。
漆芸って、お椀の印象くらいしかないかもしれないけど、9000年続いている技術です。その歴史のなかにいまの自分がいるっていうことも肌で感じてほしい。実際に作品を間近に感じてもらえたら、と思います。

最初はとまどいもあったが、こうした活動を通じて、今となっては、早苗さんにとって、taëは特別な場所になっている。

———自分の一生のステージだから、自由につくったものを設置できる。私には自分の作品を展示する場所っていう思いがあるので、肩に力が入らずにつくれる場所になっています。展示会に出すとか、コンペに出すとなると、良く見せようとして力んじゃう。良く見せたいっていうのは同じなんですけど、より素の自分を出せそうな気がするというか、あそこだったらどんなものでも大丈夫な気がする。やってみようかな、って思えるんです。作品をつくるときに、taëの空間に置くことをまず考えますね。
新しい棟がどんどんできても、ここは自分の関わる宿だっていう思いがあります。作家としてすごく幸せなことです。だから、ずっとこの場を育てるというか、ずっと一緒にやっていけたらなって思っています。

「Bed and Craftは、生き物のようだ」と早苗さんは言う。まさに、生き物を育てていくように、宿が作家とともに育まれていく。
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TATEGU-YAとは対照的な、こぢんまりした空間。朱の効いた、光がきれいで落ち着ける宿 / 天井に設えたのは和紙のインスタレーション。乾漆の積層をイメージした。「重ねていく工程ひとつ、ひとつに美しさがあるんです。柔らかい、流れるような、自由な。そういう姿を少しでも伝えたくて、薄い和紙に少しだけ漆を染み込ませて、拭き取って。紙の柔らかさの中に漆を溶け込ませました」(早苗さん)