4)井波のまちと木彫刻の歴史をあらわす KIN-NAKA
KIN-NAKAは、瑞泉寺の参道の裏、かつての花街にあった格式高い元料亭をリニューアルした宿。空間は「井波のまち」そのものをテーマとし、その歴史を体現したユニークな場となっている。
玄関からなかに入ると、向かって右の壁に、瑞泉寺の門前に職人たちが並ぶ古い写真、蚕やかんざしなどの彫刻作品が並ぶ。1階は広々としたリビング。寝室のある2階に向かう階段をのぼると、天井には木彫の雲海があり、そこから日が差すかのように木製の豪奢なシャンデリアがぶら下がっている。もちろん、いずれも井波彫刻の技術でつくられたものだ。
手がけたのは、地元出身の木彫刻家・前川大地さん。作家が建築家と空間づくりの“セッション”をしていく延長線上に、この宿では、空間そのものに井波の歴史や文化を彫り込もうとしている。
前川さんの経歴は異色だ。井波は木彫刻のまちとして、よそから来る人をオープンに受け入れてきた文化があり、木彫刻に携わる人たちも、他の工芸にかかわる作家たちも、この土地の出身者ではないことは少なくない。山川さん自身をはじめ、Bed and Craftはそうした「外側の視点」が生かされている。
一方、前川さんは、木彫刻のまちに生まれ育ちながらも、井波を外側から見つめる眼差しを併せ持つ、ユニークな作家。前川さんは、木彫刻という家業をいつか継ぐと考えながらも、それまではあえて遠回りをしてきた。県外の芸術大学で彫刻を学び、卒業後は「いろいろなことを吸収したい」と、海外でアーティストのアシスタントをしたり、帰国後に美術館の展示施工にもかかわった。30歳を目前にして覚悟を決めて、父に弟子入りするために井波に帰ってきた。KIN-NAKAには、そうした前川さんの幅広い経験や視点が生かされている。「井波の歴史や風土を案内できるような空間にしたい」と想いを込めてつくったという。
———階段のところの空間は、北陸のどんよりとした空とそこに射す光、三方山に囲まれている地域なので、山の稜線があるような空間を意識したり。「そういう空間をつくりたい」と山川さんに言うと、「じゃあ壁の色はこの色にしよう」「天井も角をなくしましょう」と。そんなやりとりがありましたね。
室内には、井波彫刻の技術を生かした、新たなかたちの作品も多い。Bed and Craftの宿を山川さんとともにつくるにあたり、前川さんが考えたことは、「どうやったら井波彫刻をいまの生活様式に落とし込んで具体的に提案できるか」だった。
———こういう時代になって、ものをつくる活動はどこでもできるなって思ったから戻ってきたんです。たまたま自分が生まれた場所が井波彫刻の産地で、父親も木彫をやっていて、自分が大学を出て経験してきたことを井波彫刻に生かせればと思って。
ずっと井波彫刻をどうしたらいいかっていうことは考えているんです。井波では、江戸時代は寺社の彫刻を、明治以降は欄間をやっていたのですが、欄間というすごく売れていたものが売れなくなって、今後井波彫刻はどうしていけばいいのか。ここ数十年、デザインは削ぎ落して素材の良さをシンプルに、っていう方向性じゃないですか。井波彫刻は装飾として、どうやったら生かせるのか。生活のなかにどうやってそれを落とし込めるか、常に考えています。
たとえば、井波彫刻では、作品に着色を行わないが、欄間の題材でよく使われる松竹梅の彫刻を着色しながら空間に配置した。寝室のベッドの上には、社寺建築の柱にモチーフとして使われる、悪夢を食べるバクをつけてみた。いずれも、伝統を継承しながらも、実験的であり、新たな表現となっている。
Bed and Craftは、前川さんにとってどのような場所なのだろうか。
———山川さんは、今まで井波に来られていた人たちとは違うタイプのひとの興味を惹きつける新しい要素を引っ張ってきてくれている。その取り組みがこの地域が変わるきっかけのひとつになっているのかな、と思いますね。
装飾技術として継承されてきた井波彫刻は、産業として大きな曲がり角を迎えている。前川さんにとっても、井波彫刻をいかにアップデートしていくかは切実なテーマだ。
次号では、井波彫刻を現代に生かし、産業として持続できるしくみの模索と、井波の文化を新たなかたちで体現しようとしているBed and Craftという場が、これからどこに向かおうとしているのかに焦点を当てて紹介してみたい。
https://bedandcraft.com/
取材・文:末澤寧史(すえざわ・やすふみ)
物書き。1981年、札幌生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。出版社勤務を経て2019年に独立。『海峡のまちのハリル』(三輪舎、小林豊/絵)を書き、描かない絵本作家としての活動をスタート。ノンフィクションの共著に『わたしと「平成」』(フィルムアート社)ほか多数。本のカバーと表紙のデザインギャップを楽しむ「本のヌード展」の発案者。2021年に出版社の株式会社どく社を仲間と立ち上げ、代表取締役に就任。最新刊は、『「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使川原真衣/著)
写真:平野愛(ひらの・あい)
写真家。京都市中京区出身、大阪在住。自然光とフィルム写真にこだわったフォトカンパニー「写真と色々」設立。著書に、引っ越しに密着した私家版写真集『moving days』(2018)、写真担当書籍に『恥ずかしい料理』(2020 / 誠光社)、ウェブマガジン「OURS. Karigurashi magazine」「うちまちだんち」の企画・運営(2015-)、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」劇中写真担当(2021-2022)など。住まい・暮らし・人をテーマに撮影から執筆まで幅広く手がける。
編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本–京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。