3)再来訪因子は「人との出会い」
宿泊客には作品や作家を含めて、井波のまちと人に出会ってほしいと山川さんは思っている。
まず、チェックインでは、Bed and Craftのガイド役となる「まちのコンシェルジュ」が宿泊施設の案内だけでなく、取り組みへの想いや、まちの魅力を教えてくれる。
山川さんは、「チェックインに時間をかけることを大切にしている」と語る。地域に詳しいコンシェルジュたちが宿泊客の興味に耳を傾け、まちを案内したり、出会いをつなげたりすることを大切にしているのだという。
一方、宿つきの作家とも、会うことができる。宿泊者向けの工芸体験もそのひとつ。宿泊者は、宿と関係する木彫刻家や、漆芸家などの工房で、長時間のワークショップを受けることができる。それを山川さんたちは「弟子入り体験」と名付けているのだが、これも、ものづくりそのものよりは、参加者が、まちや作家との関係性を深めることにポイントが置かれている。
ワークショップの時間は、約3時間。作家の工房で、木製スプーンづくりや、漆塗りの作業などが体験できる。3時間とは観光滞在においては長い時間かもしれないが、そう設定しているのは、体験は「ものをつくること」だけではないからだ。作業をしながら、作家から仕事を始めた経緯、修行の様子など、宿泊者がふだんあまり触れることのない、ものづくりの世界の話を聞けるのも、大きな魅力となっている。
———宿に作品があって気に入ったら、その作り手に会いたくなる。それなら、ワークショップをやるといいんじゃないかと思って始めました。
工芸体験っていう意味では驚かれますね。「500円で木のスプーンは買えるのに、6000円払って自分でつくるの?」って。日本人はモノなんですよね。モノの価値と考えます。一方、海外の方たちは「安すぎる」と。どうしてか聞いたら、「このアーティストは俺のために3時間一緒にいてくれたのに、6000円は安すぎるだろ」と言う。彼らは体験価値に主眼を置いているんです。持続可能なかたちにしなくちゃいけないから、参加費は途中から1万円に値上げしました。そうしたら、外国人しか参加しなくなった。でも、少しずつ考え方とか価値観に共感してくれる日本人の方も体験してくれるようになっていきました。
体験価値を高める取り組みを行っていくと、宿泊者の旅行のあり方にも変化が出てきたという。
———一般的に、旅行は「この日が休みだから」と日程ありきで決めますよね。Bed and Craftでは、ワークショップはまず仮予約で予定を伺って、作家さんに日程を確認します。ですが、作家さんも都合がつかないこともある。そういうときに、「作家さんと会える日に宿泊日を変えます」と合わせてくれる方もけっこういて。そんな観光ないじゃないですか。
作り手にとっても、ワークショップを通してコミュニケーションが生まれます。エンドユーザーの声を直接聞くことができるから、とても刺激があると聞いています。
「まちへの再来訪因子は、人との出会い」と山川さんは語る。Bed and Craftは宿泊者がふだんの井波、作家、まちの人とかかわるきっかけを提供している。始めた当初、そこに反応するのは外国人観光客がほとんどだったが、コロナ禍を経て、現在は宿泊客の多くは日本人だという。見知らぬまちのふだんを旅し、体験するような観光が、国内でも共感を呼ぶようになってきたのだろう。