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アネモメトリ -風の手帖-

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#116
2023.01

木彫刻のまちを、文化でつなぎなおす

1 古民家×伝統工芸 まちの底力を引きだす 富山県南砺市井波
4)まちのレコードジャケットのような存在として

井波彫刻は基本的に装飾品である。江戸時代以降、長らく神社仏閣彫刻が中心だったが、昭和以降は、住宅の和室の欄間が主力商品となっていく。2018年には日本遺産に認定され、現在も、人口8000人の地域に、彫刻師が約200人いるという。だが、住宅・生活様式の変化にともない、産業としては縮小を続けている。その伝統を現代につなぎなおすことができるのか。山川さんはBed and Craftを始めたことで、生活者の視点から模索を始めていく。

———井波って観光地化に遅れたというか、そんなに力を入れてこなかったと思うんです。木彫の産業地なので。まちのなかで、職人さんが木を彫っているのを見て、みなさん「すごいですね。観光に協力して見せてくれるんですね」と言うんですけど、ふだんの姿なんです。京都と一緒で町家づくりだから、間口が狭くて奥に長いから、明るいところを探したら店先が一番明るい。だから彼らは見せているわけじゃないんです。
そこに観光客がわんさか来て、工房を出入りしてとなると、仕事ができなくなってしまう。そうしたら、このまちの味が失われてしまう。
だから最初から僕らは100人いたら、気に入ってくれるのは1人でいいよねって。その1人が本当にファンになって何度も来てくれて、地域で活躍している作家さんの作品を買いたいといつか思ってくれたら、と。Bed and Craftは宿の名前ではあるけれど、活動の名前だなと最近特に思いますね。

———山川さんにとって、Bed and Craftという宿は、「まちがレコードだとすると、ジャケットのようなもの」だと言う。「それが美しい絵だと、音楽を聞いてみたくなる。でも、本体の音楽が素晴らしければ、もうジャケットのイメージは忘れている。それぐらいがちょうどいい」と。それよりも、「井波というまちの印象のほうが強く残ってほしい」。山川さんは、井波に住むことで、つくることへの考え方が変わったという。

———東京、バンクーバー、上海とずっと都市に住んでいて、どうやって個を強く持つかとか、どうやって個をPRするか、どうやって自分を認めてもらうか。上海に住んでいるときまでは、そんなことばかり考えていました。
でも、ある建築写真家に作品を撮ってもらっていたときに、全然違う用途、全然違うクライアント、全然違うデザインだと思って設計したものに、「今回も山川さんっぽいですね」って言われて。その人の作家性って自分が決めるんじゃなくて、世間が決めるんだって気づいたんです。
そのとき、自分を中心に何かを表現しようとすることはやめようって思った。自分が自然と歩んできた人生とか、見てきたものって、つくるものにも自然と反映されて出てくるものだから。そこを気づく人は気づいてくれる、それでいいんじゃないかな、と。流れに身を任せるというか。そういうふうになれたのは井波に来たからかもしれないですね。

では、山川さんたちは実際にどのような宿をつくってきたのだろうか。次号では、協働した作家にも話を伺いながら具体的に紹介していきたい。

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山川さんはデザイン事務所・コラレアルチザンジャパンを立ち上げ、代表取締役を務める。活動の詳細は次号以降で / Bed and Craftのチェックインラウンジは元ある建物を生かしてつくった

Bed and Craft
https://bedandcraft.com/

取材・文:末澤寧史(すえざわ・やすふみ)
ノンフィクションライター。1981年、札幌生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。出版社勤務を経て2019年に独立。『海峡のまちのハリル』(三輪舎、小林豊/絵)を書き、描かない絵本作家としての活動をスタート。ノンフィクションの共著に『わたしと「平成」』(フィルムアート社)ほか多数。本のカバーと表紙のデザインギャップを楽しむ「本のヌード展」の発案者。2021年に出版社の株式会社どく社を仲間と立ち上げ、代表取締役に就任。最新刊は、『「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使川原真衣/著)

写真:平野愛(ひらの・あい)

写真家。京都市中京区出身、大阪在住。自然光とフィルム写真にこだわったフォトカンパニー「写真と色々」設立。著書に、引っ越しに密着した私家版写真集『moving days』(2018)、写真担当書籍に『恥ずかしい料理』(2020 / 誠光社)、ウェブマガジン「OURS. Karigurashi magazine」「うちまちだんち」の企画・運営(2015-)、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」劇中写真担当(2021-2022)など。住まい・暮らし・人をテーマに撮影から執筆まで幅広く手がける。

編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、アトリエ「月ノ座」で展示やイベント、文章表現や製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。