アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#111
2022.08

食と農の循環をつくりなおす

1 「小さいものと、小さいものをつなぐ。」徳島・神山町
5)「つなぐ」とは「関係性をつくること」

大量生産・大量消費は、大量流通のシステムが取り持っているけれど、少量生産・少量消費は人と人の関係性によってつながっていく。フードハブの、「小さいものと、小さいものをつなぐ」もまさにそうだ。しかも、フードハブのメンバーは、地域の生産者さんやお客さんとの関係性をもっと深めていきたいと思っていて、そのことが「つなぐ」をより有機的なものにしている。

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持ち場は違えど共有するものが多いメンバーは、やっぱり仲がいい

清水さんは、「つくりたい料理の材料を仕入れる」という考え方をしていない。毎週のメニューを決めるミーティングでは、つなぐ農園や仕入先の農家さんの畑で旬を迎える野菜の種類や、収穫量の変動を考慮する。「この野菜があるから、どんな料理をつくろうか?」という思考は、”つながり優位”とも言えそうだ。高齢により畑を続けるのが難しくなっていく農家さんの状況を気にかけていて、今後は食堂チームのメンバーも畑に出ることを考えはじめてもいる。

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かま屋から徒歩1分のところにあるつなぐ農園

山田さんは、厚生労働省によるHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point、ハサップ)の完全施行が、2023年度に迫っていることを気にかけている。HACCPは国際的に認められた衛生管理の手法。食の安全を守る大切な取り組みだが、個人で管理するには難易度が高いことは否めない。

———これを機に、「HACCPに対応できないからやめる」という、梅干しなど加工品のつくり手さんも多いと思うんですよね。ご本人が続けたいならサポートできればと思いますし、もし辞められるのであれば、その人の味を受け継ぐことができればと思っています。

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フードハブの農業チームが育てている小麦。ちょうど収穫期を迎えていた

かまパンチームは、パンづくりの根底にある小麦の栽培に挑戦しはじめた。かまパンで主に使っているのは北海道産の小麦。しかし、パンの売り上げが伸びるにつれて「他の地域から小麦を仕入れている」ことに違和感を覚えはじめたという。小麦価格の高騰も続く。いずれは、神山産小麦だけでパンを焼くことを目指して、今年からパンチームは小麦の栽培を始めた。また、笹川さんは消防団や学校のPTAなど、地元のコミュニティにも積極的に参加している。

———神山は、誰かとの関係性の延長線上で何かが出来上がることが多い。「誰かと仲良くなったから、一緒に何かやりはじめる」というものごとの進み方なんです。だから、暮らしのなかにある関係性をつなげていくことを、細く長く続けていくことが大事だなと思っていて。パンの役割もまた、そういうところにあると思っています。地元の人にどれだけ食べてもらえるか、知っていてもらえるか。パンを手段にして、神山の日常のなかにフードハブがどれだけ存在できているかということは意識しています。

夕方4時以降、かまパンのパンは町内の学生を対象に値引きをしている。それを目当てに、放課後に高校生たちがやってきて、中庭でおしゃべりする姿も見られるようになった。かま屋やかまパンでアルバイトする高校生もいる。彼らは大人になったとき、この場所とパンの味を「地元の味」として思い出すだろう。いつの日にか、かま屋やかまパンの味を「神山の味」として受け継ぐ、将来世代の人たちが現れるのかもしれない。

次号では、フードハブで取り組んできた食育の取り組み、その流れから生まれたNPO法人まちの食農教育について取り上げる。

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花好きな元かま屋店長の石田青葉さんに、庭のお花を届けてくれていた常連さん / かま屋の外席は、フードハブのメンバーとお客さんたちが交わる場所にもなっている

取材・文:杉本恭子(すぎもと・きょうこ)
ライター。同志社大学大学院文学研究科新聞学専攻修了。アジールとなりうる空間、自治的な場に関心をもち、寺院、NPO法人、中山間地域でのまちづくりを担う人たちなどのインタビュー・取材を行っている。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)など。
写真:石川奈都子(いしかわ・なつこ)
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。
編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集者、文筆家。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や冊子の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベントも手がける。文章表現や編集などのワークショップ、展覧会等を行う「月ノ座」主宰。最新刊に編著書『辻村史朗』(imura art + books)。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』(平凡社)、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)、編著書に『標本の本——京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)、構成・文『ありのまま』(著・梶田新章、リトルモア)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任講師・准教授。