1)同じテーマでひらく、年に一度の「村祭り」
飛生芸術祭は、不思議な場の力を持つイベントだ。会場の旧小学校に一歩足を踏み入れると、日常とは異なる、どこか懐かしい時間が流れはじめる。ミズナラやシラカバなどの木々に囲まれ、学校以外が目に入らない空間のためか、子どものころにタイムスリップするような感覚があるのだ。
例年開かれていた1泊2日のオープニングイベント「TOBIU CAMP(トビウキャンプ)」では、旧校舎の中庭でウクレレをずっと弾いているおじさんがいたり、大きなうさぎの被り物をした子連れの一団が賑やかな音楽を奏でながら森のなかを練り歩いていたりする。その非日常的な空間にいると、子どものころに感じていた時の流れ、ただひたすら目的なく遊んでいた時間が蘇るのかもしれない。
今年はコロナの影響で昨年に続きトビウキャンプは開催されず、日帰りイベント「トビウの森と村祭り」が9月4日に開催された。もともと来場者数が1000〜1500人ほどの小さなオープニングイベントだが、今年は規模を縮小し、来場者数を大きく制限したという。訪れたのは、その後に1週間続く芸術祭の会期中だった。
「今年はコロナのこともあって、道外の人を呼んで何かをやるのではなく、もっと活動の内側に目を向けて、ここでずっとやってきたことをかたちに残すことを考えました」と、ディレクターの国松希根太さんが言う。国松さんは飛生アートコミュニティーの代表で、この場を拠点に活動する彫刻家だ。今は札幌に住んでいるが、2014年ごろまでは、ここに住みながら制作活動を続けていた。
国松さんに芸術祭の会場を案内してもらった。主な会場は旧校舎の大教室と体育館、そして、その裏に広がる約1.5haの旧学校林。大教室では、札幌に住むイラストレーター相川みつぐさんが2011年から手がけてきた芸術祭のポスターの原画やラフなどが展示されていた。
「ポスターには、その1年間の活動のなかで、印象的なことや、テーマとなっていたことなどが森の生き物たちのストーリーとして表現されている」と、国松さん。トビウキャンプが中止となった昨年のポスターは、キャンプのメインイベントの一つでもあったキャンプファイヤーを大勢の人や生き物たちが取り囲んでいる姿が描かれている。「いまは密になったらいけないわけですが、せめて絵のなかくらいは思いっきり密にしようと言ってつくりました」
今年のポスターは、森の入り口に向かう熊や鳥のひななどが描かれている。相川さんは、コメントにこんなことを書いている。
コロナがずっと続いていることもあり、不安や暗い気持ちを払拭するような強い光を描きました。森の入口は、コロナからの出口なのか、新しい世界の入口なのか。現在と未来の境界であるのか……なんてコトを考えながら描いていました。
芸術祭のテーマは始まりの2009年から「僕らは同じ夢をみる」を掲げている。それは今年も変わらないと国松さんは言う。
———アート作品を観たり、音楽を聴いたりすると、ぱっと気持ちが晴れることがあります。みんなそれぞれ頭に浮かんでいるものは違うけれど、共通する感覚があるから、その場にいる人たちが一つになれる。それはコロナがあっても変わらないと思うんです。
国松さんたちは、芸術祭を「アーティストも、スタッフも、お客さんも、この場では、垣根なく同じ一つの村の住人として過ごすことを意識してつくっている」と言う。地域外からアーティストを招聘して、作品を制作・発表してもらう芸術祭というよりは、地域コミュニティの年に一度の「村祭り」のほうが近いそうだ。そんな祭りを、テーマを変えずに、10年以上かけて育て続けている。