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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#102
2021.11

森づくりとともに 飛生芸術祭という夢を重ねる

1 アートの森で「物語」を創造する 北海道・白老町
5)10年かけて培ったコミュニティの力

展示会場の校舎に入ると、入り口付近で一際目を引いているのが、美術家・奈良美智さんの作品だ。滞在制作する奈良さんが3日前に描いたというドローイングが、体育館に向かう壁や、カフェスペースなどに貼り出されていた。それらの作品は、昔この小学校にいた子どもたちがつくった制作物や、芸術祭メンバーの子どもたちがつくった絵などと並び、当たり前のように風景に溶け込んでいる。

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体育館に向かう壁に、滞在制作する奈良さんが3日前に描いたというドローイングが貼られていた / 奈良さんの彫刻作品など / カフェスペースにもドローイングが飾られている。この場でしか使えない素材などを用いた、この場ならではの表現

2016年ごろから、飛生芸術祭には、大規模な国際芸術祭で活躍するような著名アーティストの参加も増えた。奈良さんも、2016年から参加している。自身のルーツである青森との文化的共通点が飛生に興味を持つきっかけだったというが、実際に訪れると、「パッと来て、何かして帰るやりかたではかかわれない」と感じ、翌年から約1ヵ月滞在制作を行うようになった。
校舎のなかで偶然見つけた粘土で彫刻をつくってみたり、飛生の森の木からつくった木炭でデッサンを描いてみたり、子どもたちとステージを作ってみたり。ここでの作品は、やはり普段の作風とは大きく異なる。

奈良さんは、2018年にわたしが行ったインタビューで、「自分の絵とかを知っている人はいると思うけど、そういうのでかかわるのではなくて、一個人、森づくりのメンバーとしてかかわりたかったんです」と語り、飛生芸術祭に惹かれる理由を次のように話していた。

———みんなの力でつくる、コミュニティの力でつくる芸術祭だからです。いま芸術祭と名の付くものは乱立していて、たいていはその期間しかやらないんです。1週間経って行ってみると、ただの原っぱだったり、建物だったり。でも、飛生は終わっても、ここに住む人、通い続ける人がいて、みんなで森づくりをしている。そういうところに惹かれています。

廃校を活用した共同アトリエが、森づくりを通じた物語を創造するなかで、誰もが語り手として参加しうるひらかれた表現の舞台へと変わっていく。参加する表現者たちは、この場に刺激を受けながら、この場でしか生まれない独創的な作品を追求し、生み出していく。その舞台であり、全体でもある森づくりには誰もが参加し、かかわることができる。それが、この場にしかないさらなる魅力となり、また人を惹きつけていく。

こうして生成を続ける物語は、参加者たちによって語り直され続けていく。

しかし、ここで紡がれる黒い鳥の物語が、飛生という10世帯ほどしか住まない小さな場所で説得力を持つのは、なぜだろうか。白老や周辺地域を自分の足で歩いてみると、先住民のアイヌの人たちが信仰の対象ともしてきた、地域特性とも密接にかかわっていることが見えてくる。飛生芸術祭を核とした活動は広がりも見せつつある。飛生芸術祭と地域のつながりについて、次号で見てみたい。

番外編 飛生芸術祭の一部を紹介(その1)

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淺井裕介さんの壁画《種を食べた獣》。この土地の土を使い、制作は多くの人の協働で行われたという / 壁画の制作にかかわったひとはそれぞれ手形を残している / 森迫暁夫さんがつくった鳥の巣箱。経年劣化し、朽ちる姿も作品としている / 若くして亡くなった飛生芸術祭メンバーの追悼のためにつくった《The Time Tunnel(タイムトンネル)》という作品。そのメンバーが飛生で残した詩が掲示されている / 《The Time Tunnel》の外観 / アイヌ民族博物館に設置されていた木彫りの熊。2頭並んでいたうち1頭が縁あって飛生にやってきた。能登康昭さんの《パパの熊》という作品

飛生アートコミュニティー
https://tobiu.com

国松希根太
https://kinetakunimatsu.com

取材・文:末澤寧史(すえざわ・やすふみ)
ノンフィクションライター・編集者。Yahoo!ニュース 特集で「『僕らは同じ夢を見る』—— 北海道、小さな森の芸術祭の10年」を取材・執筆。1981年、札幌生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。出版社勤務を経て2019年に独立。2021年に出版社の株式会社どく社を仲間と立ち上げ、代表取締役に就任。絵本作家・小林豊のもとで絵本づくりを学び、『海峡のまちのハリル』(三輪舎、小林豊/絵)を創作。共著に『わたしと「平成」』(フィルムアート社)ほか多数。本のカバーと表紙のデザインギャップを楽しむ「本のヌード展」主宰。

写真:高橋 宗正(たかはし・むねまさ)
1980年生まれ。写真家。『スカイフィッシュ』(2010)、『津波、写真、それから』(2014)、『石をつむ』(2015)、『Birds on the Heads / Bodies in the Dark』(2016)。2010年、AKAAKAにて個展「スカイフィッシュ」を開催。2002年、「キヤノン写真新世紀」優秀賞を写真ユニットSABAにて受賞。2008年、「littlemoreBCCKS第1回写真集公募展」リトルモア賞受賞。

編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、生活に根ざしたアートの展示や言葉にかかわるワークショップ等を「月ノ座」名義で行っている。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。