3)保育園のあり方を変え、地域にひらく
アルバスは地域に場をひらき、さまざまな企画を続けてきた。写真館の空き時間帯にトークイベントやワークショップをひらいたり、夏休みに1日店長として地域の子どもに仕事を体験してもらったり、選挙前には選挙や候補者について学ぶ機会を設けたり。テーマはもちろん写真にはかぎらない。自分たちの興味や関心、問題意識を話し合い、学び合い、共有できる場をつくってきた。
「私たちの住むまちをよりよくしたいから」と仲間とひらいてきた場だと酒井さんは話すが、「よりよくしたい」という想いは人それぞれ異なる。だからこそ、「長い時間をかけて、まちの関係者や住む人と対話し続ける必要があると思う」と語る。
———子どもたちとよく行く、市が管理する公園に、大きなヤマモモの木があって。実を取ったり、ジャムをつくったりしていて、夏になると、「あぁ、そろそろヤマモモの季節だ!」と毎年恒例の楽しみにもなっていたんです。ところが、今年も同じように出かけていった子どもの一人が、しょんぼりしたようすで帰ってきて。「どうしたの?」と声をかけると、そのヤマモモの木に「この木を切ります」と貼り紙がされていたのだと話してくれました。
その後、そのことを知った園児から、「どうして切るの?」「木を守りたい!」「木を切らないでってお願いする看板を描きたい!」と、続々と聞きたいことや提案したいことが出てきて、私も保育者もどうしたらいいか迷ってしまいました。実際にお願いの看板(ポスター)を描いた子どももいたので、思い切って、市の公園課に電話で相談してみたんです。そうしたら、思ってもみない回答がありました。
「木を切らないでほしいという気持ちは、よくわかります。いつも管理している私たち、そして木を切る職員が一番苦しい気持ちなんですから……。でも、山桃の実は毎年たくさん落ちるので、朝早くからカラスが実を食べにきて、周辺に糞をたくさん落としていく——早朝のカラスの鳴き声、掃除作業など、想像を超える悩みを、近隣に住む方々は抱えていらっしゃって」担当の方は、そう言いました。
安易に要望だけを投げかけてしまったことの至らなさを学ぶと同時に、本当に大切なものを守りたいときには、それと丁寧に関わり続ける必要があることを学ばされました。すぐに子どもたちにもそのことを話し伝えました。そして、あらためて意見を交わしつつ、「何が正解かは、ずっと考え続ける必要がある」と自問しながら伝えました。
自分たちの住むまちをよりよいものとしたい、そのまちと長くかかわり続けるからこそできることがある——。そう考え始めたときに、写真館として場をひらく活動を続けるだけでなく、もっと誰でも訪れられるような公の場を維持・運営できないか、と新たな「手段」を模索したという。その考えの先にあったのが保育園だった。
———ビジネスにすると、参加したくても、参加できない人が出てきてしまう。教育や福祉は、本来、そのこぼれ落ちてしまう人のためにこそあるもの。かといって、無償では場が継続できません。だから公の場を地域のために活用できる方法を考えるようになりました。ちょうどよいタイミングで株式会社でも運営できる企業主導型保育園の助成制度が始まることが決まりました。それで、保育園のあり方を変えながら、まちにひらいていこうと考えたんです。
保育園を地域にひらくと、社会には多くの壁があることにより一層気づかされていく。子育ての悩みを打ち明ける場がなかったり、両親ともに長時間労働で子育てどころではなかったり、他にも家族だけでは抱えきれない不安がたくさんある。
———悩みを抱えている人はたくさんいます。取り組みは少しずつかもしれませんが、園や会社を生かして、その壁を一緒に乗り越えていきたいと思っています。
自分の住むまちに施設としての空間や場はあっても、身近な「居場所」となるような場は限られている。いざ、自分が社会課題の当事者となったとき、頼れる人はいるか、居場所はあるだろうか。考えてみると、心許ないことに気づかされる。酒井さんや活動をともにする仲間たちは、そんな誰もが生活のなかで抱く不安を、自分のこととして、自分の手の届く範囲から、解消に向けて動こうとしているのだ。