4)手の届く範囲で、共に居る時間を積み重ねること
午後1時を過ぎていた。子どもたちは昼寝の時間だ。保育園を去ろうとする私たちに、酒井さんは「富山に撮影で通ったことが活動の原点かもしれない」と静かな声で言って、その時の体験をまとめた写真集『いつかいた場所』を渡してくれた。富山県の見知らぬ村を訪れたことをきっかけに、子どもたちと村の変化を10年にわたって撮り続けた作品だ。
「もともと子どものことに深く関心があったわけではないけれど、この写真を通して、子どもやまちづくりにより興味を抱くようになりました」と酒井さんは言う。
ページをめくると、酒井さんと出会った子どもたちが成長し、変わりゆく溌溂とした姿に、人口が減り寂れてゆく村の寂しい光景がおり混ざっていく。この子どもたちも、村からいなくなるのだろうか。日本中のいたるところにある、「まちの風景」がそこにある。
解説にこんな文章があった。
「撮影の下準備や演出なしに一瞬をとらえる写真は、一般にスナップショットと呼ばれるが、この作品は——酒井の多くの作品がそうであるように——シャッターを押す瞬間よりも、そこに流れる時間の連続性や堆積に意味がある。すなわち現在進行形なのだ。(中略)そこには登場人物一人一人のストーリーがあり、関わり合いがあり、背景に流れる時間がある。<いつかいた場所>のなかで繰り返し登場する民宿のおばあちゃんの写真には、時間とともに親密さを増す被写体と撮影者との距離が写り込んでいるように、被写体との関係を育みながら時間をかけて撮影が重ねられる。つまり、酒井は関係性を写している。作品の心央には人との営みがあり、時のうつろいも作品の一部となって、撮り続けるからこそみえてくるものがあるのだ」
(元・水戸芸術館現代美術センター学芸員 門脇さや子さん)
まるで酒井さんがひらいてきた場について解説しているようでもある。酒井さんのひらく場は現在進行形で変わり、広がり続けている。だが、身近にいる大切な人たちと時を重ね、関係性を育み続けていくことに変わりはないのだろう。
その先に、どんなまちの風景がひらかれていくのだろうか。子どもとかかわり、地域にひらかれた場が広がっていくことで、新たな人と人のつながりが生まれ、未来のまちの萌芽が育っていく。
いふくまち保育園
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株式会社アルバス
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取材・文 / 末澤寧史(すえざわ・やすふみ)
ノンフィクションライター・編集者。1981年、札幌生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。出版社勤務を経て2019年に独立。2021年に出版社の株式会社どく社を仲間と立ち上げ、代表取締役に就任。絵本作家・小林豊のもとで絵本づくりを学び、『海峡のまちのハリル』(三輪舎、小林豊/絵)を創作。共著に『わたしと「平成」』(フィルムアート社)ほか多数。本のカバーと表紙のデザインギャップを楽しむ「本のヌード展」主宰。
写真:衣笠名津美(きぬがさ・なつみ)
写真家。1989年生まれ。大阪市在住。 写真館に勤務後、独立。ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。
編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。
編集:多田智美(ただ・ともみ)
編集者/株式会社MUESUM代表/株式会社どく社共同代表。1980年生まれ。龍谷大学文学部哲学科教育心理学専攻卒業後、彩都IMI大学院スクール修了。「出来事の創出からアーカイブまで」をテーマに、アートやデザイン、建築、福祉、地域にまつわるプロジェクトに携わり、紙やウェブの制作はもちろん、建築設計や企業理念構築、学びのプログラムづくりなど、多分野でのメディアづくりを手がける。共著に『小豆島にみる日本の未来のつくり方』(誠文堂新光社、2014)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社、2018)など。京都芸術大学非常勤講師。