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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#99
2021.08

未来をまなざすデザイン

4 学びを響き合わせて、新しいうねりへ
2)城谷さんという姿勢 「やるべきではない」ことを学ぶ
デザイナー・川浪寛朗さん2

そのころの小浜には、川浪さんの同世代の仲間はひとりもおらず、一番歳が近いのが40歳前後の城谷さん。その城谷さんと1対1で仕事を進めるのだから、勉強がてらとはいえ、かなり冒険的な選択をしたといえる。
ただ、イタリアでモダンデザインを学び、アジアを放浪するという振れ幅の大きな体験を重ねてきたこともあって、川浪さんは楽観的でもあった。

———城谷さんは面倒見がよくて、すごくケアをしてくれたと思うんです。スタッフというより、いろいろ教えたいっていうのは一貫してあったんですよね。自分の手となり足となって仕事してください、というタイプではなくて、自分が学んできたことを伝えながら一緒に仕事をしていく感じでした。
僕はプロダクトデザインを専攻していたので、入ったタイミングで「KINTO」の新しいシリーズを担当することになりました。それまでKINTOのプロダクトは可愛らしくポップなものが多かったんですけど、もっとモダンなものをつくりたいということで城谷さんのところに話がきたんです。
城谷さんとディスカッションしながら、制作を進めました。僕も最初のほうは頭でっかちで的を得ないことをやっていたんだと思います。それが仕事として成り立つぐらいまで、きちんとサポートしてくれて。だんだんできそうだな、となってからは任せてもらっていました。そのときデザインしたもの多くは今なお売られていますし、僕の全く知らないところで、誰かが使ってくれているのは嬉しいですね。時間が経っても廃版にならずに、長く使い続けられるものは意外と少ないですし。

川浪さんはKINTOシリーズのプロダクトを手がける一方、城谷さんがライフワークとして取り組み始めた九州での伝統工芸のプロジェクトにも同行する。とはいえ、STUDIO SHIROTANIの初期は比較的ゆっくりとしたものだった。

———僕がいた頃は、そんなに城谷さんも忙しくなかったんですよ。直接的な仕事以外の時間がけっこうあって、そこでいろんな話を聞いたり、夏場は夕方に海に泳ぎに行ったりとか。そういう「何やってるんだろう」みたいな時間があったんですよね。2年くらい前にお会いした時は「そういう贅沢な時間があったのは、川浪くんの頃だったなあ」という話もしていました。

城谷さんは仕事をするなかで、川浪さんに繰り返し言っていたことがある。

———KINTOをやっていた時もそうなんですけど、城谷さんらしい判断基準があって、「これはやるべきじゃない」と。エンツォ・マーリさん譲りかもしれないですけど、倫理観みたいなものが強くあって。そのものをつくるために誰かが過酷な労働を強いられているとか、有害な廃棄物を排出しているようなことは、たとえそれで素晴らしいものができたとしてもやるべきじゃない、と。商業や消費文化を加速するためだけの仕事はそもそもやるべきじゃない、という話はよくしていましたね。

やるべきことより、「やるべきではないこと」がはっきりとある。川浪さんがいうように、それはエンツォ・マーリに学んだ倫理観だろう。ものづくりとその流通において、やるべきではない、やってはいけないことが横行している状況のなか、自らはそこに与しないこと。それを大前提に、エンツォ・マーリはものづくりのありかたを考えた。城谷さんも仕事を始めた当初から、その前提を一貫して言い続けていたのだった。

———マーリさんの話はことあるごとによく聞かせてもらっていたのですが、「デザインしたプロダクトが売れすぎた時は、何かが失敗したと思ったほうがいい」という話は特に印象に残っています。アイロニカルな言い方ですが、デザインする上での本来の役割を考えさせられます。
「プロジェクトとは社会をより良い方向に変えなければ意味がない」と。そういう評価軸を城谷さんは持っていましたから、商業的な仕事をするにしても、それが良い方向に導けなかったら失敗、ということをすごく意識していたと思います。

良い方向というのは、城谷さんの場合は商業的な成功ではない。かかわる人たちが満足し、つくる充実感がもたらされたり、扱うことに誇りを持てるような状況である。川浪さんはその思想に大きく影響されてきた。

———今思うと、そこに尽きるところはあるかもしれないですね。デザインのスキルみたいなものは現場に必要だったりもするわけですが、城谷さんに細かい具体的なことを教えてもらったことは実はそんなになくて。
デザインの技法ではなく、社会に対する「姿勢」のようなもの。それを仕事や暮らし方を含め体現されていたんだと思います。最近、アリス・ローソーンの『姿勢としてのデザイン』という本を読んだんです。現代社会においてデザインに求められる新たな役割と、多様なありかたについての内容ですが、従来の狭義のデザインというよりソーシャルデザインと呼ばれるものが多く紹介されています。タイトルはバウハウスで教えていたモホリ=ナジの言葉ですが、「デザインとは職業ではなく、姿勢である」と。
城谷さんは、まさにそういう方だと思っています。仕事として、デザイナーとして何かをしたいという以前に「城谷さんという姿勢」があって。そこに触れた人は、それに感化されていき、いつのまにか姿勢が変化していく。そのことが城谷さんの最も重要な作品(プロジェクト)ともいえるとさえ思っています。社会と向き合うときの角度のようなもの。そこが一貫してぶれていない人でした。
全然違うカテゴリーで仕事をしている人も、そこを感じるんだと思うんですよね。デザインの細かいディテールとか、こっちの方が格好いいというような美的なことももちろんあるんだけど、それはあくまで手段であって、根本的に正しくなかったら意味がないよねっていう話で。そんなふうに「引きの視点」で俯瞰的に物事を見ることが基本でした。僕もデザインのスタンスとして、いつのまにかそれが当たり前になっている。留学していたときにイタリアデザインに違和感があって、イタリアからアジアに行ったりもしたので、なおさらでした。

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KINTOのプロダクト。刈水庵で常時販売されている / 海辺にあったSTUDIO SHIROTANIで、城谷さんとマーリさん / 川浪さんとマーリさん(下2点写真提供:川浪寛朗)