アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#99
2021.08

未来をまなざすデザイン

4 学びを響き合わせて、新しいうねりへ
6)エンツォ・マーリと永井敬二 ふたりの導き手
批評家、アーティスト 多木陽介さん2

エンツォ・マーリは2020年10月に亡くなった。その後、多木さんと城谷さんは「これからもっと、マーリさんのことを伝えていかなくてはいけないね」と話していたが、その2ヵ月後に城谷さんは急逝した。
城谷さんのデザイナーとしてのありかたを決定づけたのはマーリだったが、マーリと知り合ったのち、多木さんから見て、ものづくりにおいても城谷さんは明らかに変わったという。

———マーリさんと知り合う前の耕生くんは、ものの「かたち」にまったくこだわらなかったんです。コンセプトさえあれば、後はどうにでもなれ、というところがあって、そういうことはどうでもいいと思っていた。でも、マーリさんはずっと、歴史のなかで古典といえるような美しいものには、ある規則があると。それをちゃんと学びなさい、ということを言っていた。それから耕生くんは、ものをつくる時にものすごくピシッとするようになったんです。

著書『プロジェクトとパッション』で、マーリはこう言っている。
プロジェクトの目標とは、(物質として具体的な物、あるいは事、あるいは手本となるモデルなど、つまり歴史全体に相対的に目を配りながら)最良のかたちを実現することである。もののかたちは、その存在理由、あるいは機能、という目的からもたされるもの以外の何物でもない。そして、かたちのすばらしさとは簡潔さにあり、優美さにあり、またそれらの機能を示唆する意味性にいかに富んでいるかにある。(原文ママ)

美的なかたちを追求するのではなく、優れたかたちをつくる。城谷さんがものづくりにおいて、「最高のかたちを目指さない」と言っていたことを思い起こす。そのかたちは、脈々と使い継がれながら、後に残っていくものになりうるのだ。
かたちに対する姿勢はまた、マーリさんのほかにもうひとり、すぐれた先達に学んだこともかかわっていた。

———(インテリアデザイナーの)永井敬二さんです。ものの目利きとして本当に素晴らしい人で、デザインのことをものすごくよく知っている。永井さんほど知っている人は誰もいないと思う。デザインの収め方とか、アールをこういうふうに使うとか、その読み方がすごいと耕生も言っていました。そうしたことを永井さんからずいぶん学んだと思います。
そうして、あるときですね。もののかたちというのは、こうやってしっかりつくるものだ、と身についたように見えたのは。

永井さんは福岡在住だが、一時はミラノによく来ていて、多木さんたちの家にも泊まっていたのだという。
小浜で城谷さんのまわりに話を聞いていると、永井さんの名前は必ずといっていいほどあがってきた。長崎県美術館での城谷さんの個展にさいしても、城谷さんが亡くなった後に未完だった椅子を完成し、納品したのは永井さんだった。また、刈水庵に2020年にオープンしたギャラリーのこけら落としも永井さんのコレクション展示である。デザイナーとして、また目利きのコレクターとして、城谷さんは永井さんを深く信頼し、多くを学んできたのだった。
城谷さんは2008年、エンツォ・マーリと永井敬二を結びつける展覧会を企画した。永井さんが収集してきたマーリの作品を展示する、というものだ。題して「永井敬二コレクションより エンツォ・マーリ100のプロジェクト」。城谷さんはカタログの冒頭にこのように記している。「永井氏が所有する100点を超えるエンツォ・マーリのデザイン作品を通じてマーリの仕事の意味を伝えると同時に、永井氏の視線の秘密を知ることが出来るのではないかと思ったのだ。」(原文ママ)
小浜を拠点として間もない頃に、敬愛するふたりのことを、城谷さんなりのかたちにしたのだろう。ちなみに、展示会場のデザインは城谷さん、永井さん、そして川浪さん。デザイナー3世代で手がけていたことも感慨深い。

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「彼の功績がどこにあるかというと、それはデザインを「デザインの芸術(他の芸術を凡庸に真似たものでないときはいつもそうである)」として生きながらえさせてくれることにある。そもそも日用品は、使われると劣化したり壊れたりして、捨てられてしまうものである。こうして人類の知識という遺産からそこに込められた知性の記憶が消え失せていってしまう。(その一方で伝統芸術はそれがもう意味のないものになっていても永遠に保存される!)だからこそ、我々の誰もが彼に感謝する必要があるのだ」(カタログに寄せたマーリのテキストより一部抜粋)