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#337

節分と立春正月
― 野村朋弘

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このコラムが公開された今週火曜は節分が行われた。新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言が発出されている地域もあり、それぞれの自宅で「鬼はそと」と豆まきをされた方も多いだろう。
今年は2月2日が節分ということで、例年の3日とは異なる。節分が2日となるのは124年ぶりという。こうした伝統的な年中行事の一つである「節分」。実は年に4回あったといえば驚かれるだろうか。

本来、節分は「季節」の分かれ目を指す。季節が変わる節目といえば二十四節気のうち、「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の四立が該当する。
暦では四立の前日を節分としている。そのため、四季の変わる時の4回「節分」はあった。しかし冬から春へ移るときの立春の前日を「節分」として行事を行っている。

それは江戸時代までの旧暦・太陽太陰暦の頃に遡る。「立春正月」といって立春をもって新年の始まりとする考え方があった。そのため年の改まる日の前日、つまり年越日が「節分」となる。
江戸時代の史料『東都歳時記』を開いてみよう。節分は十二月の行事として立項されており「今夜尊卑の家にて煎豆を散(うち)、大戟(ひいらぎ)、鰯の頭を戸外に挿す」とある。旧暦の太陽太陰暦では、節分は12月15日から正月15日の間にあり、年によってまちまちであった。そのため、年内に節分と立春が訪れることは決して珍しくないため、12月に立項されている。

『東都歳時記』にある「煎豆を散(うち)」とは、現在でも行われている「豆まき」のことを指す。豆まきは「鬼はそと、福はうち」と掛け声をしつつ家中で行われる。掛け声にある通り、鬼を追い出すための行為である。朝廷の大晦日に行われる行事である「追儺(ついな)」から民衆に広がったといわれている。
この追儺とは、もともと中国にあった行事で疫病などをもたらす鬼を駆逐するためのものだった。「鬼やらい」などともいわれる。昨今流行の鬼滅ではなく、追い払うというところが面白い。いまでも各地域の神社・仏閣で「節分祭・追儺神事」が行われている。もっとも有名なのは、京都の吉田神社の節分祭だろう。
折しも新型コロナウイルスという疾病が世界的に流行している。屋内にいる鬼を追い出し罹患しないことを願う人も多いだろう。
また煎豆を自分の年より1つ多く食べて、新年を迎えると年取を行った。それが現在の豆を食べることにつながっている。

最後にもう一つ。節分の時に食べられる縁起物の「恵方巻」。いまではすっかり節分の定番となったが、これは本来、大阪など関西の一部地域にあった文化であった。それが海苔業者やコンビニエンスストアの広告によって、1990年代に全国的に拡がったのである。
その年の「恵方」、つまりは歳徳神のいる方向を向くのは、年の変わり目に歳徳神から福徳を得ようとするもので、切らずに食べるというのは、歳徳神と縁を切らないという連想という。
これらのように節分とは、立春正月の年越しという側面が多くあり、大晦日やお正月の文化とも深く関わっている。
昨年・今年とコロナ禍のためか、それとも自身が老いたせいか、月日が進むのがとてつもなく早く感じる。これまでは軽トラで走っていたものが、3ナンバーに乗り換えたような気分だ。もう2月になってしまった。とはいえ立春正月。もう少し正月気分を味わいたい