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#209

教材の衣替え
― 大辻都

論述入門_表紙

(2017.04.02公開)

年度の改まりはもちろんだが、仕事であれ学業であれ、装いを新たにして臨みたくなるのは、草木の息吹きで空気そのものが華やかにざわめき出す季節のせいもあるだろう。
通信教育部の科目のなかにも、これまでから内容が一新されたものがいくつかある。それだけでなく、この春は通信教育部オリジナルの教材が数冊、電子書籍としてリリースされた。そのなかから、私が編者、執筆者として関わってきた「論述基礎」の新教材、『アートとしての論述入門』について紹介させてほしい。
「論述基礎」はその名の通り、レポートや論文を書くために必要な論述文を書くことを学ぶ科目だ。つまり他のすべての科目の学習に関わってくるということで、学生にはできるだけ履修することが推奨されている。この科目は4年前から設置されているが、これまでは市販のテキストを使ってきた。
現在、レポートの書き方を学べる書籍は巷に溢れており、私が学生だった遠い昔にはなかった環境で、その点うらやましく思う。だが、たいがいはテクニックを中心に扱っているこれらの本を比較的に見てみると、述べられていることは必ずしも一律でない。このバラつきは著者がどのような専門――理系か文系か、人文系か社会科学系かなど――でどういう論文作法を学んできたかの違いだと考えられる。つまり論述文の細かな形式の部分だけを取れば、意外に絶対的な正解はないのだ。
畢竟、芸術大学の通信教育部生が学ぶのにふさわしいレポート・論文の書き方の指南書としてぴったりくるものを市販の書籍に見つけるのは簡単なことではない。そこでオーダーメイドの新教材を作ろうとプロジェクトが始動したのはもう二年近く前だ。
論述文は、日常誰もが書き慣れている文章、たとえば手紙やメールなど私的な文章や、子供時代からなじんでいるであろう感想文などとは性格が違い、不特定多数の読者が著者の考えを共有できるだけの論理的な構成を持っていなければならない。こうした文章力は自然に身につくというよりは、やはり少しの学習を必要とするものだろう。
不特定多数の読者とさらりと書いたが、友人や家族や教師、つまりよく知った「あなた」でない「誰でも」に向けて書くというのは、論述の肝のひとつである。レポートや論文では、手紙のように相手に対する敬意を含んだ「です・ます」体を使わず、「である」体で書くのはその考え方の表れだ。
このように、論述文の形式はむやみに決められているわけではなく、たいていその背後には論述独自の意思がある。それを無視して形式だけを教えようとすると、これはいけない、あれはいけないの「べからず」集になってしまう。そうはしたくなかったので、新教材では、専門が何であれ普遍的に通用する論述の「考え方」をメインに置いた。
執筆は私だけでなく、むしろ中心となる大部分は開講時から添削に携わっている篠原学先生が担当してくださっている。冒頭の序の部分では、私が論述のひとつの捉え方――問うことの重要性や共有しうることばとは何かなど――を示してみたが、篠原先生の本論では、考え方と同時にもちろんテクニックも提示している。
本論の各章では、日本語の文章表現のかたちから始まり、論文の構成の仕方まで、基本的なところから複雑なところに向かい説明される。論述に初めて触れる人には、かならずしも簡単な内容ではないかもしれない。そんな読者には、目次を眺めるだけでも学びにつながるよう、短い見出しに情報を込めたつもりだ。また、全12章を三つに分け、4章の後ろと8章の後ろに章で学んだことを理解しているかどうか各自が確認できるように計9つの練習問題、そして本文全体の最後にも実践的な付録を入れた。
付録のひとつ目は、過去にじっさいに学生が提出してきたレポートのサンプルとその講評文だ。レポートの文章と聞いても、海のものとも山のものともつかないという学生は意外に多いし、これまで経験がなければそれも無理からぬことだろう。説明にピンとこなくても、先輩がものした実物を見れば、イメージが掴めることと思う。また、Q&Aのページを設け、「論述基礎」開講以来、学生から多く寄せられた質問をまとめ、答えるようにした。最後のページには、レポートや論文を書く際に、効率よく資料を探す手助けとして、論文検索サイトや、芸大の学生に使い勝手のいい図書館・資料館の情報をまとめて掲載している。
『アートとしての論述入門』の「アート」には、芸術大学で学ぶ学生たちに芸術=アートについて大いに考察し、書いてほしいという願いを託してある。だがそれだけではない。「アート」artという語は、古来、人が後天的に身につける「技術」という意味も持っている。タイトルに込めたもうひとつの意図は、論述という技を得て、今までとは異なる視野を獲得しようということである。
内輪のことを話せば、2017年4月の開講に間に合うよう、他の教材と並行してこの教材を完成させるまでにはかなりの手間がかかり、行き詰まって歯が痛くなることもあった。それでも私自身、本来得意と誇れるわけでもない論述について、とりわけアートとしての論述について考える貴重な時間だったと言える。
このタイトルを冠した表紙には通信教育部の卒業生がイラストを寄せてくれた。本の中身でも表紙でも、学生の協力を得られたのはうれしいことだ。未来に向け飛翔する鳥の絵柄は、論述を身につけ世界の見方を変えるという編者、著者の意図にぴったり合っている。
完璧な教材ではないかもしれないが、手塩にかけたこの本を多くの学生が手にとり、レポートや論文とは何かを理解する一助となればと願っている。