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アネモメトリ -風の手帖-

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#119

ダムの村で(2)
― 下村泰史

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(2015.07.05公開)

夏のイベント「天若湖アートプロジェクト」の準備で、足繁く丹波日吉の町に通っている。日吉ダムによってできた水面「天若湖」。この風景も眺めつづけて10年以上が過ぎた。湖底の村に住んでいた人たちよりも、この水面を凝視した時間は長いのではないかと思う。しかしこの風景も変わってしまった。
一昨年までは湖畔のひろがりは穏やかなのものだった。夏になって水位が下がると土の斜面が現れるが、夏の日差しと上昇する気温のせいで、そこはすぐに芝生のようになってしまう。夏の湖はいつもやわらかい緑に縁取られていたのだった。
昨年と一昨年の台風と水害によって、天若湖の背後にある山々から、一斉に木が流れ込んだ。その多くは伐採されたまま林床に放置された間伐材だったのだろう。昨年8月10日(日)の台風直撃の時には、ダムは一気に満水位近くにまで上がった。水面は褐色に濁り、その至るところに流木があった。月日が経つにつれそうした流木類は岸に寄せられた。水面は元どおりの落ち着きを取り戻したように見えたが、湖畔の風景は一変した。丸太状の杉の幹のほか、さまざまなものにあたって磨かれて不思議な形となった木の根や、小屋だったであろうか、古い家屋の床板や柱のような、ほぞ穴をもった材もある。いろんなものが、少し角を丸くして、薄く泥をかぶって似たような表情になって積もっている。そんなものが連なって水面と私たちの間を隔てているのだった。穏やかな天候が戻っても、風景には恐ろしい降雨の傷跡がしっかり残っているのだった。
そうした流木の間を歩いているときに、奇妙なものを見つけた。なめらかな表面をもった棒である。その長さ太さから最初は箸かと思った。しかしよく見ると、微妙にうねった姿をしていて、なんだか生き物のようでもある。水の中にいる何かの幼虫、あるいは生物の組織に食い込む線虫のような。その手の生き物しては大きすぎるのだが、湿った土の上に見つけたそれは、そういう生き物っぽさを確かに持っていた。
手に取ってみるとそれは、プラスチックの棒であった。そして改めてあたりを見回すと、風景の中にそれはいくらでも隠れているのだった。流木の枝の隙間、土とそれらの間、生き物が隠れるようにして、それはいくらでもあるのだった。それまで見えなかったことが不思議に思われるほどだった。夢中になって拾ったそれは、すぐに100本を越えた。
多くは中央がやや太い、微妙な曲線をもった箸くらいのものだ。ほとんどは白いが、青いもの、桃色のもの、半透明のもの、中には絵巻物の雲のような形のものもある。それらは一体なんなのか。
少し考えるとすぐに思い当たるものがあった。これらは、杉の幹に押し付けられる型なのではないか。天若湖のある日吉町の上流は旧京北町域。今は京都市右京区となっているが北山丸太の名産地である。杉はまっすぐで断面が真円に近いものだが、それだとあまり景色が面白くない。表面に凹凸があると独特の詫びた味わいが生まれる。こうした凹凸をもった丸太を「絞り丸太」というのだが、天然でそうした形質を持つものはなかなか珍しい。そこで「人工絞り丸太」というのが作られることになる。これは成長しつつある杉の幹に、それこそ「お箸」のようなものをびっしりと押し当て、紐でまきつけていき、幹にでこぼこの陰影を刻み込むものである。近年は木に登ってこの作業を行うロボットも開発されているという。どうやら私が見つけたプラスチック片たちは、この「人工絞り丸太」を作るために上流の山腹に生えていた杉に巻かれていたもののようなのであった。このプラスチック片は、桂川上流部の植生と土地利用の特異さを表すものであるのである。
インターネットで「人工絞り丸太」を検索すれば、絞り丸太については写真を含めいくらでも情報が出てくる。しかしこれらのプラスチック片についてはほとんど情報がない(「人工絞り丸太」+「箸」で画像検索をかけるとごく少数ながら出てくるので、興味のある方は試していただきたい)。私たちの情報環境の外側にいる製品なのである。世界的に見ても特殊かつ高度に園芸化した北山林業とその周辺だけで流通する材料なのだろう。箸それ自体には自立した意味はない、空間的な版木というか、立体的な陰画のようなものである。
ここでやはり興味深くに思われるのは、その生き物然とした姿である。調べてみると、かつて使われていた木の「箸」はもっとごつごつした感じのものだったようだ。幹の窪みに柔らかい自然な風合いを出すために、合成樹脂という新材料が導入され、やわらかい線が実現されたのであろう。自然な柔らかさは、丸太の窪みにおいて実現されればよいのであるが、そのための「箸」もなんだか自然な形、いきもののような表情を持つようになったのだった。しかしおそらくそれ自体は、誰によっても愛でられたことのない自然さだったのだろう。この蟲たちが大雨によって山から川に放たれ、増水する流れをくぐってこの湖畔にたどり着いた嵐の晩のことを想像する。暗くぶつかりあう激しい水流の中で、箸たちは本当の蟲のように振動し身をくねらせたのかもしれない。誰も見ていないところで、それは生き物のようであったに違いない。それは無機物と有機物の境目に棲息する「かたち」だったのだろう。


今年の天若湖アートプロジェクト「あかりがつなぐ記憶」は8月8日(土)、9日(日)の2夜にわたって開催される。両日とも観覧用シャトルバスが運行される予定である。
今年の目玉は、8日の17時頃より日吉町郷土資料館で開催される「かたりべ」を囲む会である。水辺の人々の環境文化を研究と実務の両側面から深く追求してきた、嘉田由紀子実行委員長(びわこ成蹊スポーツ大学学長、前滋賀県知事)も参加する。近く正式に案内されるので、興味のある方は下記のURLをご確認いただきたい。

天若湖アートプロジェクト
http://amawakaap.exblog.jp/

天若湖アートプロジェクトFacebookページ
https://ja-jp.facebook.com/AmawakakoArtProject