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#118

アフォーダンスの誤解
― 早川克美

sora_65

(2015.06.28公開)

アフォーダンスという概念をご存知だろうか?
デザインを学んだり,デザインに関わる仕事に就いている方は何となく耳にし,もしくは使っている言葉である.彼らの会話においてはしばしば,「◯◯には△△というアフォーダンスが存在する」「◯◯は△△をアフォードしている」というように使われる.最近では,この概念への理解も浸透してきたかにみえていたのだが,先日,仕事の場面でアフォーダンスの誤用に遭遇し,まだまだ誤解が多い概念なのだと実感し,この記事を書くにいたった.

アフォーダンスとは,アメリカの知覚心理学者であるJ.J.ギブソンが提唱した概念で,環境が動物に与える(afford)「価値」のことである.「すり抜けられるすき間」「登れる段」「つかめる距離」はアフォーダンスである.環境中のあらゆるものはアフォーダンスをもち,動物は環境からアフォーダンスを知覚してピックアップすることができる.良いものであれ,悪いものであれ,アフォーダンスは,環境が動物に与えるために備えているものである.アフォーダンスは環境中に無限に存在し,それに気づくかどうかは個人の個性化した知覚システムに依存するとしている.つまり,環境が動物に対して与える意味,行為の可能性をさす言葉ととらえることができる.

アフォーダンスの意味はどのように誤解されているのか.
一つは,反射や反応を引き起こす「刺激」ではないかというものである.アフォーダンスは条件刺激のように,特定の行為と対にして提示される必要はなく,この誤解は明らかに間違っている.例えば,椅子は座ることをアフォードするようにつくられている.椅子の本質は「座る」アフォーダンスである.しかし,椅子は,座るという行為と対にされなくても「座る」アフォーダンスを最初から持っている.私たちは椅子から「座る」という情報を探索,ピックアップしているのである.アフォーダンスは,刺激ではなく「情報」であるといえる.
もう一つは,アフォーダンスとは知覚者の主観(印象や知識)のようなものだろうという誤解である.アフォーダンスが知覚者の主観で決定されてしまうとすると,元気な時の椅子は「座る」ことをアフォードしないこととなってしまう.疲れていようが元気だろうが,椅子は座ることをアフォードしている.

また,アフォーダンスは特定の条件をさすものではない.たとえば,コップは水を注ぐことをアフォードしている.しかし,2歳の子どもには「持つ,投げる,壊す」ことがアフォードされ,水を注ぐことはピックアップされない.動物と環境の間には無数のアフォーダンスが存在し,人間であれば,人それぞれによって存在するアフォーダンスは異なるのである.

デザインの現場でアフォーダンスは,モノがどのように扱われるべきか,どのような性質を持つものかが,ユーザーにすぐにわかるように付与された視覚的なサインの意味で使われることがしばしばある.しかし,この用法は誤りである.D.A.ノーマンは著書「複雑さとともに暮らす」で,アフォーダンスという言葉が一人歩きして本来の意味から離れて使われていることに言及している.そして,アフォーダンスに替わる新たな概念として「シグニファイア」という概念を提唱している.ノーマンは次のように述べている.

「シグニファイア」はある種のインジケータであり,物理的,社会的世界で我々が意味あるものとして解釈できるシグナルである.(中略)デザインの用語では、シグニファイアはしばしばアフォーダンス、より正確には「知覚されたアフォーダンス」と呼ばれる。これは私が「誰のためのデザイン?」で紹介した用語なのだが、申し訳ないことに、実際のところ私の失敗だった。アフォーダンスはシグナルという言葉が持つよりもずっと深い意味を持っている。アフォーダンスは必ずしも知覚可能である必要はない。「シグニファイア」という用語を導入するのは、デザインの用語をより正確にするためである。
D.A.ノーマン(2011)「複雑さと共に暮らす」新曜社.p99-100.

つまり,アフォーダンスとシグニファイアはその概念のレイヤーが異なっている.「環境に存在するアフォーダンスに対し,デザイナーは,その適切な使いかたを助けるためにシグニファイアを慎重に配置する」という捉え方ではないだろうか.ノーマンは.アフォーダンスとシグニファイアを区別して利用することで,デザインの用語をより正確にすることを要請している.

シグニファイアはまだまだ社会に浸透している言葉ではないが,アフォーダンスとシグニファイア,この二つの概念のレイヤーによって,モノへの見方,捉え方が多元的になるように思う.

【参考文献】
J.J.ギブソン(1985)生態学的視覚論—ヒトの知覚世界を探る.サイエンス社
佐々木正人(1994)アフォーダンス—新しい認知の理論. 岩波書店
佐々木正人,松野孝一郎,三嶋博之(1997)アフォーダンス.青土社
D.A.ノーマン(2011)複雑さと共に暮らす.新曜社