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アネモメトリ -風の手帖-

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#93

オリジナルと模倣
― 加藤志織

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(2014.12.04公開)

ユネスコの無形文化遺産に「和食」(日本人の伝統的な食文化)が登録されたことから、最近、日本の国内外を問わず我が国の食文化に注目が集まっている。和食のすばらしさについては専門家からすでに多くの事が語られているので、それをこの場であらためて繰り返す事は避けよう。ましてや和食の全体像を記述することはわたしには荷が重い。
いずれにせよわれわれの食文化がいつどのように形成されたにせよ、日本人がそのすべてを一から考え出した訳ではない。たとえばカステラや天麩羅がもともと外来の食べ物に由来することは良く知られているし、もっと歴史が浅いものではあるがラーメン、カレーライスといった今では国民食と呼ばれる料理もまたその起源を外国にもつ。カレーライスは発祥の地であるインドから、まずイギリスに伝わり、ついで日本にもたらされたものである。
この他、パンやビールあるいはウィスキーなどといったものも、本場のものとは違っている。口内が切れる程かたいヨーロッパのパンとは異なり、我が国のそれはしっとりと柔らかく、味も淡白で雑味がない。われわれの好みに合わせた独自の食感と味わいが追求されている。ビールやウィスキーも同様に日本人の感性に合うように改良されている。ドイツでは法律によってビールの原料に麦芽とホップ以外を使用することは禁じられているが、日本では米やコーンスターチが用いられたものも多い。
こうした原材料や製法の大きな変更をどのように評価するのかは、ケース・バイ・ケースで、また人によっても違ってくるので、ここでそれを断定することはできないが、わたしはある程度肯定的に考えても良いと思う。なぜなら、あらゆるもの作りは模倣から始まる。人は無から何かをつくり出すことができないが故に、「まねる」ことを通じて学ぶのである。また模倣は単なる「まね」にとどまらない。模倣に取り組むことによって、やがてそこに新たな創造性、変化が生まれるのだ。
イタリアに、シチリア原産の「カンノーロ」(cannolo)というドルチェ(イタリア語でスイーツの意味)がある。小麦を練って薄く生地にした後に筒状に巻いて焼き、その中にリコッタチーズをベースに砂糖やリキュールあるいはチョコレートなどを加えたクリームが入れられる。彼の地では一般的なお菓子で、お菓子屋はもちろんバールなどでも売られていて、手軽に買ってその場でつまむことができる。
イタリアを旅行して以来、このカンノーロが好きになってしまい、たまに食べたくなるとイタリア料理のお店や洋菓子店を探して購入する。一概には言えないが、本国のものに比べて日本のものは、砂糖の甘さがより控えめで、酸味も若干抑え気味である。日本にいると、普段食べることができないイタリアのものが恋しくなるが、日本化されたカンノーロも美味しい。
世の中にはことさらにオリジナルを尊ぶ傾向が見られるが、それを洗練したりアレンジしたりする作業も実は同じく創造性に満ちた行為と言える。ラーメンやカレーライスの起源は日本ではないが、現在、日本で食されているこれらの料理には、それらが洗練される過程で生じた独自性が十分に備わっている。同じような事例は食文化に限らず、その他のさまざまな文化的な状況においても見られる。当然、こうしたものにもオリジナルと同等の評価と称賛が与えられてしかるべきであろう。
*写真は日本で購入したカンノーロ