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アネモメトリ -風の手帖-

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#117

梅雨空
― 野村朋弘

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(2015.06.21公開)

梅雨のシーズンである。
梅雨は黴雨とも記し、高温多湿な日本の気象現象の一つである。
北海道を除き、梅雨は日本列島を南から順に覆う。梅雨は英語でTsuyuともいう。日本語が英語となった一例である。世界的に見ても中国の揚子江流域・朝鮮半島の南部、そして日本でしか見られない気象現象であり、海外からの旅行者には珍しいかも知れない。

何故、梅雨もしくは黴雨と呼ぶのか。それは梅が熟し落ちる頃に由来し、また多湿のたも黴(カビ)の繁殖しやすいシーズンであることに因る。ともあれ、梅雨は新暦であれば六月、旧暦であれば五月を中心とした、雨の日が続く季節を指す。日本人は、初夏の雨と古代からながらく付き合ってきた。

この梅雨に入る日を入梅という。今日では気象庁によって梅雨入りが発表されるが、古くは「芒種(二十四節気の一つ。旧暦五月の節気であり、農作業の繁忙期を示す。)に入ってから、最初の壬の日」とされていた。雨は農業にとっては恵みでもあり、特に稲作を行うためには梅雨入りを知ることはとても重要なことであった。
五月を「さつき」とも読むが、東北地方などでは田植えの意味でも「さつき」は用いられている。つまり旧暦の五月というのは田植え月であったことを意味するのだ。今日我々が食している米は戦後、品種改良されて作り出されたので、それ以前の田植えはもっと早い時期からスタートする。しかし、戦後くらいまでは「さつき」といえば田植えシーズンであった。そのため農作業に欠かせない梅雨入りは、古い暦には必ず記されていた。
こうした農作物には恵みの雨だが、黴雨とあるように食物を傷めることもある。しかし同時に多湿の文化を日本に育んだ。醤油や味噌や納豆といった微生物が重要な働きをする食文化を生み出したのである。まさに風土は文化を生み出す土壌といえよう。

また、五月雨と五月晴といえば、今日ではゴールデンウィークの時期などに用いられるが、本来梅雨に関わる気象用語である。五月晴れは、五月のすがすがしい晴れと思われがちだが、梅雨の中休みの晴れの日を指す。五月雨も同じく梅雨を指す。とくに五月雨は江戸時代、蔀遊燕が著わした『年中故事要言』に「或人云く、梅雨は和歌にいう五月雨、中世には墜栗花、今の俗に通油と云」とあり、歌に多く読まれてきた。代表的なものでは『新古今和歌集』の藤原良経の歌、「うちしめり菖蒲ぞかをるほととぎす 鳴くや五月の雨の夕暮れ」があげられよう。
菖蒲とホトトギスは、初夏をあらわすもので、梅雨によって湿り気を帯びた空気が菖蒲の香りを強く感じさせるものだ。現代人よりも自然に対する感受性が強かった中世人が歌で描き出した情景である。また松尾芭蕉の『奥の細道』にある「五月雨をあつめて早し最上川」も名句といえる。こうした日本の風景の一部として五月雨は、古代から今日まで花鳥風月を愛でる日本人に多く詠われてきた。

梅雨入りを入梅と呼ぶが、その終わり、梅雨があけることは何と呼ばれていたのか。史料を見ると出梅とある。
京都や東京では出梅はまだ先のことで、傘を持ち歩く、多湿な鬱陶しいシーズンが続くと思いがちだが、紫陽花などこの時期の花や雨音を愛でつつ、梅雨でしか味わえない自然を愉しみたいものだ。