(2017.02.05公開)
入ってきた。午前8時32分。ダイニングテーブルのある東側の部屋に、冬の陽が入ってきた。テーブルに置いてあるスカイブルーのガラスの花瓶がほんのり光を帯びて、花瓶の上に薄く積もった埃が輝きはじめる。
東京の片隅、周辺の建物に比べると少しくたびれた4階建ての小さなビルの最上階にかれこれ10年暮らしている。この5年くらいで急に林立した12、3階建の周囲のマンションの谷間にあっても、角地で、目の前は幹線道路に面しているので、冬場でも東面と南面にはよく陽が当たる。窓際で背を向けていると体が温まってとても気持ちが良い。
そんな冬の陽に背中をおされて、東京・乃木坂にあるTOTOギャラリー・間(ま)で開催中の『堀部安嗣展 建築の居場所』に行ってきた。ギャラリー・間は、建築関係の方には知られたギャラリーだが、意外とご存じない方も多い。住宅設備機器の総合メーカーであるTOTOが運営している建築とデザイン専門のギャラリーで、出展者自身が展示空間をデザインすることで、その思想・価値観が凝縮された「作品」としての展覧会を創出している。(TOTOギャラリー・間ホームページより)なので、今回の展示空間も建築家の堀部安嗣さんが手がけている。堀部さんといえば、1995年に発表されたデビュー作「ある町医者の記念館」が衝撃的だった。当時学生だった私は、そのコロッとした独特のプロポーションの白い外観とポカンとした内部の展示空間に心惹かれ、ずっと見ていると建築が何か語りかけてくるような気がして、記事の写真や図面を繰り返し何度も見ていた。それは20年後の今も同じで、雑誌で発表されるたびに目が釘付けになる堀部さんの作品は、写真を見ただけでも、ひと目でそれとわかる空間の強さが宿っている。
展覧会はさぞ厳格な雰囲気になっているのかと思いきや、全然そうではなかった。会場に入ると中央の大きなカウンターの周りには何脚かの使い込まれた椅子が運び込まれていて、椅子に腰を下ろして図面集やスタディ模型(建築を検討するための模型)を手に取りながらゆっくり向き合うことができる。そこには寅さんのDVDなども置かれていて、多面的に堀部さんのキャラクターを感じ取ることができる。壁には図面ばかりでなく、設計の手がかりになったという油彩画や「ある町医者の記念館」の展示品、彫刻家の作品なども掛けられているし、中庭に面した扉は開け放たれ、冷たい冬の空気とともに、外に設置されたスピーカーから全国にある堀部さんの建築や現場で拾われた音が聴こえてくる。ガラス窓にはカーテンが掛けられ、その前には実際に事務所で使われているというテーブルや製図板が鎮座し、足元には年季の入ったキリムが敷かれている。そこにいると、まるで堀部事務所を訪れた気分だ。上の階に行くと、「堀部安嗣 建築の鼓動」という30分の短編ドキュメンタリー映画が上映されていた。
展覧会を見終わると時計は午後3時を回っていた。かれこれ1時間半はいただろうか。おかしいな、なんだかいつもの建築の展覧会と印象が違う。会場入口には、堀部さんのこんな言葉が記されていた。
「この展覧会では、私のからだの内外にあるふたつの風景と、みなさんの内側にひろがる風景の共有を願い、ここにひとつの居場所を出現させることを試みました。」
印象が違うと感じたのは、私がここに居場所を見出せたからなのかな。
今朝の冬の陽はすでに西側に傾きはじめ、中庭のベンチの影を床石に落としていた。
まっすぐに影まっすぐに日脚伸ぶ 牛蒡
『堀部安嗣展 建築の居場所』
TOTOギャラリー・間
住所:東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3階
開催期間:2017年1月20日(金)-3月19日(日)
開館時間:11時-18時
休館:月曜・祝日 入場無料