(2014.10.19公開)
時は20年以上昔に遡る.あるパーティ会場でのひとこま.
「ハイヒールは女性だけに許された美の特権なのだから,臆さず履きなさい.自分の美しさは表現しなくてはいけないよ.」
これは日本のプロダクトデザインのパイオニアである栄久庵憲司氏が20代の私に向けた言葉である.栄久庵氏は私の最初の大師匠.どちらかといえば長身の私は,当時ハイヒールを履くことにためらいを感じており,おそらく見かねての師匠の忠告だったのだろう.男女雇用機会均等法初期世代としては、そうはいっても男社会、「ハイヒール」に埋め込まれた「ステレオタイプの女性らしさ」に反発を覚えていたのも事実だ。
たしかに、ハイヒールを履くと足の甲が垂直面に加算されるため足が長く見え、さらには足首が華奢に見える。足を一番美しく見せる道具だと思われる。しかし決して歩きやすい靴ではなく、歩き方にもコツが必要だ。なぜ、ハイヒールは生まれ、女性の象徴のようになったのだろう?
そこでハイヒールの歴史について、調べてみたのだった。
紀元前400年頃のアテネで背を高く見せる厚底の靴が男女を問わず流行したことが起源と言われている。それからしばらくは「つま先」のデザインにこだわる時代がつづき(余談だが、つま先へのこだわりはそれはそれで興味深い)、再び厚底が現れたのは1500年代。イギリス・フランスの君主たちが高い踵の靴を好んで履いたという記録がある。調べていくと、メディチ家の娘の婚礼のためにレオナルド・ダ・ヴィンチが発明したらしい!との説も。16世紀、太陽王と呼ばれたルイ14世は脚線美を競うためにハイヒールを履き、その名も「ハイヒール」。これがいわゆる現在のハイヒールの原型となったらしい。
一方で、庶民のもとにハイヒールが現れたのは1600年代のパリ。当時のパリは下水設備がなく、汚物を道に捨てていたため、それを踏まないようにつま先立ちで歩くことを強いられていたが、それを補助するために踵の下に添えをつけたという。ここまでの間、ハイヒールは男女を問わず好まれた靴のスタイルであった。それがナポレオンの時代となり、男性は靴に機能性を重視するようになり、ハイヒールは女性のものへと変容していく。
20世紀になると初めてドレスのスカート丈が短くなり、女性の足下がスカートの外に出るようになる。足を美しく見せたいという素直な欲求と、女性がやっと活動的になれた、「颯爽とハイヒールで歩く」姿は、新しい女性の象徴として世界に広がっていったのだ。
このようにふりかえって、私は誤解していたことに気づいたのだった。なるほど、ハイヒールは男性に対する単純なアピールではなく、女性が素敵に存在するために自ら得た武器なのだ。
自分自身のために装う。
ハイヒールを履くたびに、栄久庵氏の言葉を思い出す。今の私は十分に歳を重ねた(一応)大人だ。自分を美しく表現できているかしら。。
そして先の栄久庵氏の言葉にはつづきがある.
「この先,年齢を重ねたらデコルテ(首から鎖骨にかけての胸元のこと)を堂々と魅せなさい.デコルテは年齢を表すから,美しく歳をとった女性しか出せないのだよ.ハイヒールとデコルテは美の象徴だよ、君。」
たしかにヨーロッパを旅すると、40代以上の女性がデコルテラインを堂々と見せて颯爽とハイヒールを履いている光景に出くわす。若い女性のはじけるような輝きとは異なる、人生を味わってきた深みのある光だ。エスコートしている男性も誇らしげだ。
ちょっと待った!日本でそんな光景に出くわしたことがあるだろうか?…残念なことだが、日本の社会は成熟することなく、幼稚なまま。嘆かわしいことである。
ハイヒールを履いて,美しく時間を重ねる..
女性としてうまれてきたからには最後までそうありたい.