(2016.09.11公開)
トイピアノをご存知だろうか。2009年にヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したピアニストの辻井伸行さんがピアノを始めるきっかけに使ったことで一躍注目を浴びた、あのミニチュアピアノである。これまでトイピアノをじっくり聴いたことがなかったが、先日、トイピアノの演奏会に行く機会に恵まれた。
ステージに置かれたトイピアノは懐に抱えられそうなほどに小さい。鍵盤数も少なく、音域も1オクターヴから3オクターヴ程度。グランドピアノやアップライトピアノを模した形をしているが、本体は木製かプラスチック製で、ハンマーには弦ではなく金属棒や金属管が用いられている。作りとしてはやはり子どものおもちゃという感じは否めないが、その音色を聴いて、驚いた。金属独特の硬質で素晴らしい音色が響いたからだ。それだけではない。本物のピアノのために作曲されたモーツァルトの「トルコ行進曲」や「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」なども軽々と演奏してしまった。もちろん、トイピアノの狭い音域に合わせて大きく編曲されているわけだが、その音楽は決して本物のピアノで奏でられる音楽の代替品ではなかった。後で知ったのだが、ジョン・ケージやステファン・モンタギューのようにトイピアノのための作品を作曲する現代作曲家もいるし、マーガレット・レン・タンのようにトイピアノのリサイタルを開くピアニストもいる。トイピアノはおもちゃの枠を超えて芸術を生み出す、紛れもない大人の楽器だったのである。
純粋な楽器としての楽しみ方を知った一方で、やはりトイピアノと言われて思うのは子どものためのおもちゃとしての姿である。スヌーピーの登場する漫画『ピーナッツ』では、シュローダーという少年がトイピアノを弾く姿がたびたび描かれる。天才少年のシュローダーはトイピアノでバッハやベートーヴェンの作品を弾き、その素晴らしい演奏は登場する他の子どもたちの耳にも(読者にも)届いている。しかし私たちがここから読み取れるのは、おそらくこれは子どもの想像の世界の中での出来事なのであって、本当にシュローダーがそれらの作品を完璧に演奏したかどうかの問題ではないということだ。子どもは、自分が大人なって憧れの本物の大きなピアノを弾いているつもりかもしれないし、子どもの頭の中では大人の演奏する本物のピアノが鳴っているのかもしれない。まさに、子どもの模倣力と想像力とによって実現されるこの輝かしい瞬間こそが、おもちゃによって実現された芸術の世界なのではないかと思う。こうして、子どもにとっておもちゃは芸術の世界への最初の入り口となる。
多くの子どもは大人になる過程で自分がおもちゃの創り出す世界を自由に行き来していたことを忘れてしまう。しかし、大人になった大人が再びおもちゃを手に取ったとき、大人は幼い頃を思い出し追体験することになるだろう。大人になった自分の生きる世界を子どものまなざしから見つめ直すかもしれない。そうして大人にとっておもちゃは芸術の原点を思い出させるものになるだろう。