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アネモメトリ -風の手帖-

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#312

伝統文化と現代
― 森田都紀

伝統文化と現代

(2019.03.24公開)

    「秘スレバ花ナリ。秘セズバ花ナルベカラズ」とは、世阿弥の『風姿花伝』第七「別紙口伝」の言葉である。秘して隠すからこそ「花」となり得、秘さなければ「花」とはなり得ないという意味であろう。世阿弥が活躍したのは、能楽の創成期の室町時代。当時の舞台は、役者の生き残りをかけた命がけのものだったといわれている。芸の真っ向勝負の場である他座との立会いに勝つためには、相手の役者のみならず、観客を含めたあらゆる人々の予想を裏切る珍しさが必要だった。
創成期を経て大成した後も、伝統文化はその時代や場所が求めることに応え、あり方を少しずつ変化させてきている。そして、言うまでもなく現代においても、伝統文化は新たな課題を抱えている。その一つに、原材料の問題がある。たとえば、伝統楽器の製作をみると、三味線の皮の材料となる猫が動物愛護の問題などにより手に入りにくい状況になった。箏(こと)という楽器の絃の音高を調整するために必要な箏柱(ことじ)についても、ワシントン条約によって、種の存続が脅かされる野生動植物の取引が国際的に規制されて以来、材料となる象牙の入手が難しくなっている。現代では、生活環境の変化により、多くの伝統文化の原材料が危機的状況となり、その打開策が求められているのだ。そのため、代替の材料が用いられたり、新素材が開発されたりするようになった。箏柱の場合、硬質で澄んだ音色を生み出すとされる象牙製は、演奏会などの特別な機会に限って使い、日常ではプラスティック製などを使って対処しているときく。そして近年では、プラスティック製の箏柱も、形や重さなどに改良が加えられてよりよい音色を響かせるともいう。
一方、音色は非常に繊細なものなので、絃の振動を伝えるモノや、演奏する場の湿度、さらに演奏を聴く観客の耳によっても様々に変わってくる。象牙製の箏柱を使えば、必ず誰もが最良の音を生みだせるとも限らない。現代では、どのような材質のものを使うのかも含め、演奏家が自分の耳で音をデザインすることが求められているのかもしれない。
伝統文化のあり方は、その時代や場所が何を求めるのかにより変化していくが、それは「変える」ことと「変えない」ことの意味を問うことでもあるように感じている。