アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

最新記事 編集部から新しい情報をご紹介。

空を描く 週変わりコラム、リレーコラム

TOP >>  空を描く
このページをシェア Twitter facebook
#177

見えない土木の見える化
― 早川克美

見えない土木の見える化

(2016.08.21公開)

私たちの暮らしや日常を支えている縁の下の力持ちである「土木」。身近でありながらその存在を意識することはなかなか少ない。真夏日の陽射しが照りつける中、東京・六本木ミッドタウンの21_21 design sightにて9月25日(日)まで開催している「土木展」に行ってきた。

「土木」は、道路や鉄道などの交通網、携帯電話やインターネットなどの通信技術、上下水道、災害対策など、快適な日常を支えるため、街全体をデザインする基礎となる技術である。展覧会は、この日常生活に不可欠な存在である「土木」をわかりやすく伝える内容となっている。暮らしの中の土木を見つめるプロジェクションや、ドローイング、「ほる」「ためる」「ながす」「つながる」という行為から土木を分析・表現したインスタレーション作品によって構成されている。圧巻は、高度経済成長期から現代に至る土木の歴史とその迫力を、ラヴェルの「ボレロ」の音と映像で体感する空間「土木オーケストラ」だった。

展示を眺めながら、土木を知らない層には新鮮に感じるだろうと思いつつ、少々子どもっぽいかなと感じた。と同時に、スイスの心理学者・ピアジェの提唱した「アニミズム」による「見立て」が多くの作品群に通底しているように思えてきた。「アニミズム」とは、幼児期の思考の特徴で、生命のない事物を、あたかも命があり、意思があるかのように擬人化して考える発達段階の傾向のことだ。例えば子供が自分の持っているぬいぐるみが、喜んだり、痛がったりしている、と素朴に信じているのは、こうしたアニミズム的思考の典型である。普段無意識な存在である「土木」を身近に意識してもらうには、こうした擬人化の見立てが有効なのだろうか。そういえば、擬人化というのは、コマーシャルの世界でも日常的にあふれており、わかりやすさの実現という点では、オーソドックスな手法なのだと少しシニカルに思ったりした。

そんな中、ハッと、考えさせられる展示もいくつかあった。「土木と哲学」のコーナーでは、東日本大震災の復興現場のドキュメントが気になった。「GS三陸視察2015 映像記録作品『GROUNDSCAPE』」GSデザイン会議+岩本健太(映像作家)では、三陸海岸に建設中の巨大な防波堤の風景から、土木の役割とは一体何なのか?、人間の叡智を遥かに超える自然とどう向き合うべきか?、という哲学的な問いを見る者に突きつける。(ちなみに、この映像を制作した岩本健太監督は、芸術教養学科の授業「芸術教養講義3」を撮られた方だ。素晴らしいセンスで今回も世界を切り取っている。)

明治以降、日本は近代化の道を歩んできた。高度経済成長期には、世界に誇るインフラ整備を実現し、現在の何不自由ない生活を獲得するに至った。一方で、利便性に特化した文明は、生きていくために人間が本来持っていた本能を退化させているようにも感じる。社会の価値観が大きく変わろうとしている今、私たちは何をめざすべきなのかを考える時にきているように思う。土木が提供している日常の価値を再認識し、見えにくい日常をあらためて考える機会として、この展覧会をおすすめしたい。