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アネモメトリ -風の手帖-

空を描く 週変わりコラム、リレーコラム

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#367

「いいこと思いついた!」の話。
― 岩元宏輔

図1

本リレーコラムを担当するにあたり、やはり自分が今、本当に「おもしろい」と思っていることについて紹介すべきであろうと思い至り、迷わず一冊の本を手に取った。それが佐伯胖編著『子どもの遊びを考える 「いいこと思いついた!」から見えてくること』である。

この原稿を執筆している今からほんの1カ月前、2023年7月に発行されたばかりの一冊。主に保育に関する実践者や研究者を読者として想定した2部構成の書籍である。購入したのは、ちょうど秋入学の方々の卒業研究の採点・講評の真っ只中。合間の時間を見つけては、少しずつ読み進めている。

本書の概要については、各部毎に端的に説明されている。第I部の「概要」より一部引用させていただく。

第I部は、子どもが遊びのなかで突然「いいこと思いついた」と言って何か「おもしろいこと」に取り組み出すということの、おもしろさと意味深さに気づいた矢野勇樹さんの修士論文をベースにして、子どもの「いいこと思いついた」をめぐってのさまざまな理論を、現場の保育実践者にもわかるよう、丁寧に語り起こしたものです。
※佐伯胖編著『子どもの遊びを考える「いいこと思いついた!」から見えてくること』北大路書房、2023年、p.2より引用

もう、この概要だけでおもしろい。

至って真面目な書きぶりではあるのだが、読みながらニヤニヤを抑えきれないほどツッコミどころ満載な概要文であると、私は感じる。

まずは何より「いいこと思いついた」というテーマ設定に胸を射抜かれる。「わかる!」「あるある!」と思える共感と、「そこに目をつけたのか?」「それをどうやって論文にするのだろう?」という感嘆が入り混じる着眼点に、読み手として心が躍る。

そして修士論文を出版してしまおう(厳密に言えば修士論文そのものではないことを、はしがきにて断りを入れている)という試みにもワクワクする。このコラムを読んでいる学部生・大学院生のみなさんも、想像してみていただきたい。自分が卒業研究で取り上げた「素朴な疑問」や「興味・関心・好奇心」が、さまざまな専門家を巻き込んで、一冊の本になってしまった、というようなことである。なんとも夢がある。

第I部では、その理論的背景について、大変丁寧に語られていて、惹き込まれてしまう。真新しい落ち葉が敷き詰められた山道を、一歩一歩確かめながら着実に、でもどこか力強く歩みを進めていくような、そんな優しくも頼もしい語り口に感じる。

みなさんは普段、書籍を通じた著者との対話を、どのように行っているだろうか。仕事や家庭などと勉学との両立で慌ただしい日々。私自身の社会人大学院時代をふりかえると、教科書の読み込みや、情報収集を目的とした読書の場合、ついつい駆け足で、一足飛びに読み進めてしまいがちであった。

でも、この紙面上の語りはじっくりと味わいたい。先を急げば急ぐほど、本末転倒、何のことやらわからなくなってしまうだろう。それほど濃密な内容であり、ある種の常識を覆す内容でもある。しっかりとついていかなくちゃという気持ちになる。

そして第II部は、4人の専門家によるそれぞれの立場からの論考による援護射撃である。

例えば本書における重要なキーワードである「中動態」という概念を起点に「遊び」、そして「芸術」に通ずる論が提示される。あるいは、どうやら関係しそうなさまざまな理論や概念を、イタリアのレッジョ・エミリアにおける幼児教育の実践、保育者養成校での学生の様子、横浜の「森のようちえん」における数々の微笑ましいエピソードなどを紹介しながら提示し、多面的に「いいこと思いついた」という現象に迫っていく。そのような仕立てである。

気づけば、このやり取りの中に自分も巻き込まれているような気分になる。芸術やデザインについて再考する機会になる話題も盛りだくさんである。そうして次第に、なんだか自分にとって「おもしろそうなこと」が、心の奥底から湧き上がってくる気配を感じる。

この本はタイトル通り「子どもの遊びを考える」本ではある。ただ異なる見方をすれば、「自身が大学でどんなことを探究・研究したいのか」という命題に向き合う「学び心」を触発する本でもあるのではないか。レポートに追われがちな学生生活ではあるかもしれないが、「いいこと思いついた」との邂逅を楽しみにしながら、様々な作品やデザイン活動に触れ、集大成の卒業研究ではぜひ自分にとって「おもしろい」ものを取り上げていただきたいと思う。

そう考えると、あらためてこの『子どもの遊びを考える 「いいこと思いついた!」から見えてくること』という一冊。一見関係なさそうな「他分野の話」のようでありながら、「空を描く」にて紹介する本として、やはりふさわしいものと言ってよいのではないだろうか。我ながら「いいこと思いついた」ものである。