アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

このページをシェア Twitter facebook
#52

ノートの貼り込み
― 中村裕太

(2017.04.05公開)

尾張の本草学者・伊藤圭介は、シーボルトを介して植物学という学問に出会う。シーボルトがオランダに帰国したあとも日本各地の植物を採集し、植物の名前で分類していく。圭介は、それらの植物を押し葉にして〈腊葉帳(さくようちょう)〉という標本帳を作り、シーボルトに贈っている。オランダのライデン大学には14冊におよぶ冊子が所蔵されており、押し葉を貼り付ける台紙にはカタカナと漢字で植物の和名を記している。さらに当時の植物の学名が書かれたカードも添えられている。冊子にはページごとに植物やカードが挟み込まれているわけだから、自然とごわごわと膨れてくる。
僕のノートも膨れている。といっても植物を挟み込んでいるわけではない。名刺サイズのカードが糊貼りされているのである。カードにはちょっとした思いつきが記されている。思いつきはどのタイミングにやってくるのかはわからない。だいたいは電車の中か歩いているときにふいにやってくるもので、そのときにカバンからノートを出すのは面倒だし、ページをめくるうちにすっかりと何を思いついていたのかを忘れてしまう。だから僕はその思いつきをつなぎとめておくためにシャツかズボンのポケットにカードを忍ばせておいて、さっと取り出して鉛筆で走り書きをするのだ。
そのようなカードの活用術は、学生のときに読んだ民族学者・梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書、1969年)の影響を受けている。久々にその本を読み返してみると、梅棹さんは「こざね」というメモ用紙を用いたテクニックを披露している。何枚かのメモ用紙に思いつく発想を書き、それらをホッチキスで留めることで原稿執筆のための理論を立てるとしていて、組みあがったら捨ててよいと書いてある。けれども僕は、どうも自分の書いたカードを捨てる気になれない。とはいえ、その保管の仕方に難儀する。カードを重ねて保管してしまうとどうせ見なくなってしまうのが常であって、目にみえるように整理することが大切ですよと梅棹さんも強調していた。そんなわけで僕はカードを自分のノートにスティックのりで貼り付けることにしている。だいたいはすでに描いたスケッチのページに貼り付ける。と言っても脈絡のないページに貼るわけではなく、そのカードとスケッチがなんとなくつながりをもっているページを探して、隙間にそっと貼り込むのである。自分の描いたスケッチがしっくりこないのがほとんどだけど、そこに文字の書かれたカードを貼り付けるとなんともいい感じにみえてくる。たぶん少しだけ自分の描いたものを引いてみることができるからだと思う。
話は植物に戻って、今度、伊藤圭介ゆかりの名古屋にある東山植物園で展覧会をすることになった。下見の時に温室に入ってみると、熱帯植物が所狭しと生い茂っている。その密度にやられつつ、なにをみたらいいのか分からなくなる。そのまま迷い込むのもいいのだが、植物園にはそれぞれの植物の手前に樹名板というものが置かれている。この植物園では、緑色のプラスチックのプレートに看板屋さんの手書き文字で「ブーゲンビレア、タイより」といった具合に記されている。僕はそれらのプレートを手がかりとして落ち着いて植物をみることができる。樹名板はある意味では植物の観察の方法を限定しているけどまだまだ抽象的で、タイの街並みでブーゲンビレアはどのように咲いているのだろうかと想像を膨らませてくれる。これくらいのアナウンスが丁度いい。僕のノートに貼り込んだカードも樹名板みたいなもので、スケッチを見返すときの道しるべとなってくれる。

紙の上に置いたタイル片。

紙の上に置いたタイル片。

東山植物園の樹名板。

東山植物園の樹名板。

Tile_and_Botanical_Garden_01 Tile_and_Botanical_Garden_02

〈展覧会案内〉
中村裕太「タイル植物園|熱帯植物の観察術」
会期|2017年3月22日[水]-6月4日[日]
会場|名古屋市東山植物園温室後館
入園時間|午前9時-午後4時30分(閉園は午後4時50分)
休園日|毎週月曜日(休日の場合は、直後の休日でない日)※ただし3/27・4/3・4/10・5/1は臨時開園
入園料|大人(高校生以上)500円 中学生以下無料
http://www.higashiyama80.net/


中村裕太(なかむら・ゆうた)

1983年東京生まれ、京都在住。2011年京都精華大学芸術研究科博士後期課程修了。博士(芸術)。博士論文「郊外住居工芸論―大正期の浴室にみる白色タイルの受容」。〈民俗と建築にまつわる工芸〉という視点から陶磁器、タイルなどの学術研究と作品制作を行なう。最近の展示に「六本木クロッシング2013展:アウト・オブ・ダウト―来たるべき風景のために」(森美術館、2013年)、「第8回アジア・パシフィック・トリエンナーレ」(クイーンズランド・アートギャラリー、2015年)、「第20回シドニー・ビエンナーレ」(キャレッジワークス、2016年)、「あいちトリエンナーレ2016」(愛知県美術館、2016年)など。工芸を作り手の視点から読み解き、その制作の方法を探る教育プログラム「APP ARTS STUDIO」を運営している。
http://nakamurayuta.jp/