(2017.03.05公開)
幼少期から引っ越しや転校が多かったためか、目に見えない境界線を敏感に感じ取って過ごしてきたように思います。とは言え、京都市内を転々としていただけなので今思えば何て事のない距離なのですが、その頃は子どもが携帯電話を持つ時代ではなく、学区ほどの小さい世界しか知らなかった自分にとっては大きな出来事でした。特に、転入1日目の最初の休み時間は子どもなりに憂鬱でした。だいたいどの学校でもクラスには社会の縮図のようにいくつかの派閥があり、どこかに属すと安心感や権力を得られるのでした。転入1日目の最初の休み時間に各派閥のリーダーから勧誘され、どこに属するかを選ばないといけないのです。その感じがどうも苦手だったのですが、一匹狼になる勇気もなかったのでいつも何となくどこかに属していました。
おそらくそのせいで、境界線が曖昧なものに惹かれるのだと思います。海水浴などに行ってもあまり泳いだりせず、海と陸が共存する潮溜まりを偏愛してずっと見ていたり、14歳の頃に父親に懇願して、テレビで知ったタイのニューハーフショーに連れて行ってもらったりしました。そういう場所に居心地の良さを感じていました。
自由な校風に惹かれて美術高校に進学し、テキスタイルアートを学んだのちアパレル関係の仕事につきましたが、2009年にひょんな事からコンテンポラリーダンスの公演会期中に臨時カフェを出店する事になりました。その舞台の音楽を担当していた友人から声をかけられた時は、何で私? と思いましたが、好奇心と面白い事が起こりそうな予感だけを頼りに、思い切ってやってみる事にしました。その事がきっかけで、現在の仕事を続けています。
料理を作るのが好きだったものの、ケータリングなんてもちろんした事がなかったし、その頃の京都はケータリングの仕事をしている人が今ほどいなかったので、何を参考にしたらいいのかも分からず、不安だらけでした。ただ、若気の至りが功を奏したと今では思っています。
保健所への営業許可申請のため、急遽カフェの屋号をつけないといけなくなり、とっさに大好きな映画『VOLVER』(ペドロ・アルモドバル監督)から名前を頂きました。
準備から当日まで、四苦八苦しながらもそれまでの飲食店でのアルバイト経験をフル活用して乗り切り、事なきを得ました。自分が作ったものが誰かの体を作り、場を作る光景が輝いて見えましたし、美味しいと喜んでもらえた事や、好きな舞台芸術の世界に関われた事を嬉しく思いました。また、シャイな性格なので自分が作ったものが消えていく事にも魅力を感じ、その後すぐに飲食店を開業する為の資格を取って飲食業界に転職しました。いくつかの飲食店に勤めて勉強をさせて頂き、数年後にきちんと「VOLVER」を再スタートさせたものの、いわゆる厳しい修行をしてきたわけではなく、自分で考えて作る事、動く事を重視するような職場ばかりだったので、気が付くとまた境界線が曖昧なところにいました。自己流を続けてきた結果、美術作品を作っていた時と同じプロセスで作る事しか出来なかったので、料理人と言われる事に後ろめたさのようなものを感じていました。独立したばかりの頃は、どこにも属しておらず境界線が曖昧なところにいる居心地の良さよりも、本当にこの先やっていけるのか、という不安の方がはるかに大きく、何度もぶれそうになりました。ただ、奇しくも映画『VOLVER』さながら、生きていくためにとにかく作るしかない状況だったため、がむしゃらに模索し、貪欲に奔走し、悩むことに時間を使うよりも先に本能レベルで行動していたことで、今に至ることが出来たと思っています。
そのうちに少し余裕が出来てきて、ケータリングの効率がいい方法を考えるようになりました。そして思いついたのが、トレーシングペーパーの上に料理を並べるというやり方でした。質感と透け感がきれいだし、テーブルクロスとお皿を兼ね、片付けも簡単。荷物もコンパクトで軽くなります。
大きなテーブルにトレーシングペーパーを敷くと真っ白なキャンバスのようで、料理を盛り付けるのが急におもしろくなりました。トレーシングペーパーを消毒し、会場とゲストの雰囲気、植物などの装飾を見て一呼吸し、どのように料理を並べるかを瞬時に考えて一気に並べていく時のライブ感はとても楽しいです。料理がなくなった後の、食べ物や人の痕跡が残ったトレーシングペーパーもおもしろく、それを見るのも楽しみの1つとなりました。
その方法が確立した時、ようやく自分にとって居心地の良い場所を見つけたような気がしました。
宍倉 慈(ししくら・ めぐみ)
「VOLVER」(ボルベール)として、京都を拠点にケータリングやお弁当作りをしている。
有機農園での勤務や自身の畑での野菜作りの経験を活かし、有機野菜を中心とした料理を提供。
また、『北大路魯山人の美 和食の天才』展(京都国立近代美術館)、APP ARTS STUDIO企画のワークショップ等で盛り付けの講師を務め、雑誌などのフードコーディネートやレシピの開発も行っている。
http://shishikuramegumi.com