アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#87

やっとこ
― 内藤誠治

(2020.03.05公開)

私は祇園の片隅で、お誂えの「はきもの」の専門店を営んでいる。
そんな私の一番大切な道具が「やっとこ」。
この道具は10年ほど前に使い始めた2代目。1代目は、もともと店にあった道具を使うようになったのでいつ頃のものかは分からないが、多分私と同い年かもう少し上のような風貌であった。
この道具を使うときのパートナーの当て布には、残念ながら名前が特にない。「あてるもの」とか、「敷くもの」とか。力が入りやすく、傷をつけないための道具で正に縁の下の力持ち。

この道具は、はきものにとって一番重要な「前つぼ」を固く締め上げるのに利用する。その前つぼについて少しご説明をさせていただきたい。
「前つぼ」は、人類の進化にも大きな影響を与えた、二足歩行、歩く行為に重要であり、「要」という表現がぴったりである。
指の股の一点でバランスを日常的にいとも簡単に取ることが出来る
要=身体を一つに束ねる一点である。
驚きの機能としか言いようがないのだが、あまりにも当たり前で人々に改めて感心されることはあまりないので、この場を借りて声を大にしてお伝えしておきたい。
指の股に力が入ることは、身体を支え、足趾の働きにより血行が活発になる。
まさに「命を支える一点」と言えるのである。

この「前つぼ」は、ない藤のはきものの特徴の一つでもある。
ない藤の女性用のはきものには、この花緒の先端部分(前つぼ)に「赤」がついている。これを「きゝ紅 丹頂の赤」と呼び、道中の無事を祈り、魔を避ける願いを込める。同じ赤といえどももちろん様々あり、朱、赤、茜から臙脂、葡萄色、赤茶などなど、ほんの少しの小さな部分をどの色にするのかで全体の印象が変わってくる。そのことにこれだけの集中力を発揮する日本人の微細なものへの眼差しは、とても誇らしく感じるとともに感心、脱帽である。
全ての力をこの一点で支え、後ろの二点で安定させるはきものの構造は、約2000年(弥生時代初期から)の歴史を持つ。日本のはきものは、高温多湿の風土と稲作によってもたらされたもの。それらは着物の付属品と考えられることが多いが、このように着物とは全く違う発展の仕方で、人々の暮らしを助けてきた。
しかし、皆様にあまり馴染みがなくなってしまった道具である下駄やぞうり、特徴は何と言っても開放感。
指の股が開き、大地にスックと立つことができ、清潔。
着脱が自在であるために、内外を行ったり来たりする文化を持つ場所では、特に使い心地が抜群であるにも関わらず、現代では西洋化の事情もあり日常にお使いいただくことが少なくなってしまった。近頃ではそんな現代の生活様式にご利用いただける知恵を工夫で蘇らせた品物もご提案させていただいている(https://manaproject.shop-pro.jp/)。
風土が育んだ道具を暮らしのそばに置いていただけるように続けていきたい。

「やっとこ」の利用方法だが、前つぼを挟み梃子の力で引き上げてしっかりと結び目を〆て止める。新しく仕事を教える時などに「ニュット」引っ張ってはダメで、「キュット」引っ張らないといけないとか、斜め後方に引き上げる感覚をつかむまでは、前後の長さを揃えることができなかったり。微妙な調子、具合が、いたって単純な作業だからこそとても難しい。それと同時に、この作業をするたびに仕事は道具がするものだとつくづく感じる。
道具を補佐するのが仕事で、自分が仕事をしていない感覚。
この道具無しにこれ以上の仕事をすることができないのだ。

先代が仕事を辞めてしまう職人さんのところに行って道具を頂いてくることが屡々あった。
その時に仕事場を見せていただき、周りにあるちょっとした爪楊枝のようなものであったり、当て布、挟む板、見る人によっては、ゴミにしか見えないようなものを一つ一つ「何に使いますねん?」と尋ねていた姿を思い出す。
道具がなくなると、技術がなくなる、仕事がなくなる。営みがなくなる。
人間が必ずしも主役ではないことをこの道具を見るたびに感じている

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内藤誠治(ないとう・せいじ)

祇園ない藤5代目当主。1968年京都生まれ。
幼い頃より家業を手伝い、2006年5代目当主となる。

祇園ない藤
その人に合ったものしか造らないという信念を貫くはきものの専門店。
店に飾る品物は全て見本。丹念に下ごしらえをして作られるお誂えの逸品。
http://gion-naitou.com/