アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#33

盆器
― 川﨑仁美

(2015.08.05公開)

盆栽の鉢のことを盆器(ぼんき)という。
盆栽とは字のごとく盆は器、栽は草樹であり、器と草樹の調和が取れたものを盆栽という。一見、草樹が主体だと思われがちだが実は盆器あっての盆栽なのである。盆器は陶器や磁器でつくられる美術工芸品であるが工芸、美術の専門分野で取り上げられることがあまり無い、何故かしら。
ひとつは茶器、食器がヒエラルキーの上部を占める焼き物の世界では土を入れる器は敬遠され、肩身が狭い思いをしてきたということ。もう一つはどれだけ美しい色や形をしていても実用性「用の美」でなければ仕方がないという点で、これは盆栽を育てている人にしか使い勝手は解らない。草樹培養知識に加えて美術工芸知識、日本料理の「料理と器」の関係にも似たその難しさこそが狭き門である数寄者世界の入り口なのかもしれない。

そうはいっても例外をのぞいては「実用鉢」と「鑑賞鉢」に分かれている。土を入れるには勿体無い、単体で鑑賞作品に値するという考えの方も居て、盆器だけを愛玩する盆器蒐集家(コレクター)なるお方もいらっしゃる。
「用の美」という言葉がありながらもあまり知られていない盆器に関しては工芸界の中の穴と言えるかもしれない。

ひとことに盆器といっても泥物(でいもの)と釉薬物があり、実は使い分けられている。今も昔も変らず珍重されているものに古渡、中渡と冠される中国鉢の骨董品「支那鉢」がある。中国江蘇省の宜興市で焼かれたもので、朱泥・紫泥・黒泥・烏泥(うでい)などを使った焼き締めの鉢は松柏系(針葉樹)の緑を引き立て落ち着いた艶めきが時代と品格を上げる、というある種マジックをもった鉢である。これに学んだ日本鉢が愛知県の常滑の鉢であり試行錯誤の上、現在では盆器の名品が多く生まれている。釉薬物は主に雑木系(広葉樹)の葉もの、花もの、実ものなど、季節の移ろいがあるものを華やかな色で引き立てる。

樹が鑑賞出来る状態になると「鉢合わせ」という行程に入る。これは日本料理でいうところの盛り付けに似ていて、職人はとても苦心する。樹高に合わせて大きさ、根の形状に合わせて深さ、姿に合わせて形、樹齢に合わせた格調などセオリーはあるものの、最優先事項はその時の健康状態に負担のないもので、似合う色なども合わせて「鉢写り」と呼ばれセンスが問われる。ファッションの靴との関係にも似ている、と思っている。

盆器は焼き物の中でも多芸を要する焼き物の一つである。松柏・雑木・実物・花物・草物と多種多様な植物の培養面も想定しながら寸法・形状・釉薬・模様に苦心する。極めつけは基本屋外で使用するため、雨風と毎日の水かけに耐えられる強度が必至とされる。
よく出来た物ほど素人目には地味に見えてしまう盆栽だが、とにかく労が多い陶磁器である、ということを知っていいただければ今回は幸いである。

ちなみに盆栽職人さんの中には鉢の中が見えるという方がいる。土に覆われて見えるはずのない根っこの状態が解るというのである。毎日の水やりや葉の状態から解る、らしい。
「見えないところを見る」という職人芸。職人さんのカンというものは凄まじい量から見出した観察力の賜物である、と私は考えている。

Kuromatsu

黒松(貴重盆栽)
樹高:68cm、樹齢:約200年、鉢:常滑長方
撮影:市川靖史

川﨑仁美(かわさき・ひとみ)
盆栽研究家、1980年京都生まれ。高校3年生から盆栽雑誌のナビゲーターを務める。その後独学し、2002年より「現代盆栽」を主宰。国内外で盆栽の解説・キュレーションを行う。2009-2013「日本盆栽大観展」(11月、京都)の企画・広報を担当。10年間のフィールドワークを経て京都工芸繊維大学に入学。現在博士過程に在学し美術の観点から盆栽研究を行う。横浜春風社より著書を刊行予定。