アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#39

カメラ
― 大森克己

(2016.03.05公開)

オリンパス トリップ 35
1973年、小学4年生の時、クリスマスプレゼントに父親が買ってくれた、はじめての自分のカメラ。それを持って、当時住んでいた兵庫県明石市の瀬戸内海沿いを走る山陽本線朝霧駅の近くに友人と出かけてブルートレインの写真を撮っていた。目測でピントを合わせる方式で、露出はオート。よく写るカメラだった。当時はまったく分かっていなかったけれども「トリップ」という名前が今でもとても気にいっている。そのとき以来トリップしつづけている、ともいえますね。

ハッセルブラッド
1978年、中学3年生の時、エルヴィス・コステロの“THIS YEARS MODEL”というアルバム(アナログ LP)をかった。その音楽はもちろん大好きだったのだが、ジャケットの写真がとても気に入っていた。撮影スタジオで写真家に扮したコステロ本人が、細身のスーツで眼鏡をかけ、三脚に取り付けられたカメラのフィルムを巻き上げながら左手を開いてこちらを見つめている。バックカヴァーの写真はアトラクションズという彼のバンドのメンバーたちと4人で写っていて、部屋の中ではためく白いカーテンの形を、ストロボ撮影の効果で、コステロが中心になって魔法をかけてコントロールしているように見える。目に見えない音楽の力を目に見える写真という手段で表現しているようでもあるそのアートワークに魅かれて、将来こんなカッコいい写真を撮ることを仕事に出来るといいなぁ、と強く憧れていたことを今でも時々思い出す。表の写真に写っているハッセルブラッドというカメラはスウェーデン製の高級なもので、ブローニー・サイズのフィルムを使用し、画面のサイズは6X6という正方形のフォーマットで、LPジャケットのサイズの比率と同じもの。もちろん、とても高価だったので、当時の自分にはとても手の出ないものだった。

キャノンの一眼レフ( ニューF1、EOS1n )
東京の大学の写真学科に進み(中退してしまったけれど)、その後撮影スタジオのアシスタントとして働き、写真家を目指していた20代の半ば(1980年代)からプロになってしばらくはキャノンの一眼レフカメラを使っていた。一眼レフカメラのファインダーをのぞくと黒に囲まれた長方形のフレームが見えて「世界を切り取る」という感覚になる。広角レンズが好きで、20mm~35mm、というズームレンズを多用していた。広角レンズは、多くの情報を同時に捉えることが出来る、ということが最大の特徴であるように思える。フィルムは35mmサイズ(24mm x 36mm)で世界中のアマチュアからプロまでがごく一般的に使用していた種類のもの。スティーブン・ショアやリチャード・ミズラックなどのニューカラーの写真家たちが使っていた大型の 8X10 ( 203mm x 254mm ) のフィルム&カメラの描写にも魅力を感じてはいたのだが、自分の写真にとっては解像度が高すぎるように感じていた。「普通のまなざし」という考え方をはっきりと規定できるのかどうかは未だ分からないが、「普通のまなざし」で撮影された写真から立ち上がってくる世界が自分にとって大切だったのだと思う。それと、丁寧に現像した35mmのフィルムを全紙サイズ(457mm x 560mm)の印画紙にプリントした時の銀の粒子の見え方も大好きだった。1992年にフランスのロックバンド、マノ・ネグラのラテンアメリカツアーに同行して撮影し、写真新世紀で優秀賞を受賞した作品“Good Trips, Bad Trips”や1997年に発表した写真集“very special love”はほとんどキャノンの一眼レフで撮影されています。

さようならハッセルブラッド
プロとして、まあなんとか生計を立てていけるかな、というメドがたった1988年頃、憧れのハッセルブラッドをローンを組んで購入した。しかしいざ使ってみると、ファインダーを上からのぞいて画角を決めてフォーカスをあわせる(レンズが目の高さではなく、ちょうど自分の胸から腰の辺りに位置することになる)という行為が自分の身体感覚にまったくなじまないことに気付いて、1年も経たないうちに売ってしまった。それまでにも、その後も、ヤシカマットや、マミヤC330、ローライフレックスなどなど、正方形のフォーマットで上からファインダーをのぞくタイプのカメラを何度か試してみたのだが、どれにも愛着が持てなかった。数多の LP ジャケットやダイアン・アーバスの写真など、他人が撮影した正方形の写真を良いと思うことは、しょちゅうあったのだけれども。

ペンタックス67、プラウベルマキナ67
35mmの一眼レフカメラにモータードライヴをつけて撮影するのは、短時間に多くの写真を連続して撮れるという利点があるのだが、あまりにも簡単に流れるように「撮れてしまう」ので、見るという行為が疎かにになってしまうと感じることもあって、そういう時はあえてブローニー・サイズのカメラを使うこともあった。高解像度を求めて、というよりは、一本のフィルムで10回しかシャッターを切れないということが肝だった。ちなみにペンタックスもマキナも上からファインダーを覗くタイプではありません。写真集“サルサ・ガムテープ”はペンタックス、雑誌 Switch で連載していた「青空」というシリーズは主にマキナで撮影しました。あっ、そういえば YUKI のソロデヴューアルバム「PRISMIC」の CDカヴァーもペンタックスです。でもね、ペンタックス、重いんだよなぁ、笑。

ライカ
35mmフィルムと一眼レフカメラを使って写真を撮りつづけていくなかで、徐々に、四角いフレームで「世界を切り取る」という感覚に疑問を覚えるようになっていく。肉眼(流れる時間の中で、人間が2つの眼球と脳で知覚している世界はカメラの広角レンズよりも、もちろん広くて、しかも歪んでいるとは感じない)で見ている世界の、自分の目の高さにたまたま四角いフレームがある、という方が自然だなと思うようになっていく。それには撮影用のレンズと画角を決めるためのファインダーが違う構造になっているレンジファインダー方式のカメラが良いかもしれないと考えてライカM6を使い始めた。レンジファインダーの画角には余白があってぎりぎりまで黒で囲まれていることは無いし、そのファインダーから見えている景色と撮影用レンズが捉えてる世界はそれぞれ別の画像なのだ。(ライカだけでなく、例えば Big MINI や、多くのコンパクト・デジカメでもレンジファインダー方式は使われています)2005年に発表した写真集“encounter”以降のほとんどの作品づくりはライカM6、もしくはヘキサーRF というカメラとズミルックスというレンズの組み合わせ。

コニカ ヘキサーRF とズミルックス50mm
ライカを使うようになって、あまり広角レンズを使わなくなっていく。先に書いたように、実際に目で見ているところにたまたまカメラがあるという訳だから、画角はあまり関係なくなってきて、ただ遠近感が自然であれば良いと思うようになってくる。それで50mmのズミルックスという標準レンズを多用するようになったのだが、驚いたのはレンズの絞りを開放値近く( F1.4 から F 2.8 のあいだ)で使用した時のフォーカスの合っていない部分の描写の自然さ、美しさだった。しかし、快晴の日にF1.4 で撮影したいと思っても、ライカでは最速のシャッタースピードが1000分の1秒なので、露出オーバーになってしまう。コニカが作っていたライカレンズマウントのカメラ、ヘキサーRFは最速のシャッタースピードが4000分の1秒まで使えるので真夏のピーカン快晴の日に絞り F1.4 で撮影しても、なんとか暗室でコントロールできるネガを作ることができる。例えば、2009年の真夏の渋谷駅前スクランブル交差点を撮影した作品“incarnation”はズミルックス50mmの絞り開放をフルに生かしたもの。

iPhone 6
2000年代からデジタルカメラが急速に普及する中で、いろんなカメラを試してみたのだが、しばらくピンとくるものに出会えなかった。デジタルが嫌いということではなくて、35mmフィルムのようなリアルな解像度の標準が一旦完全に解体されてしまって、自分が撮った写真も他人が撮った写真も、見え過ぎているか、見えなさ過ぎるかのどちらかのように感じられた。2年前に携帯電話を iPhone に買い替えた時に、その小さなコンピューターの性能や利便性にびっくりしたのだが、自分にとって一番衝撃だったのが、内蔵カメラの性能だ。電話(あるいは小さなパソコン)を買い替えたつもりだったのだが、知らないうちに新しいカメラも手にしていたという訳だ。解像度の現実感も世界中の人と共有できるように思えた。それ以来、作品作りにも、仕事にも iPhone を積極的に使用している。もちろん、すべてのデジタルイメージを作る際に必ず iPhone を使うという訳ではないのだが、iPhone で撮影した写真が解像度と色味に関しての圧倒的な基準になっている。それを基準にして、ほかの、いわゆるプロユースの様々なカメラを使う際も仕上げの際に参考にしている。加えて、instagram におけるタグ付け機能を、写真を分類する際に積極的に使っている。( https://www.instagram.com/omorikatsumi/ )自分の作品、他人の作品、有名無名を問わず、過去から現在にいたる様々な写真に、もし # をつけるとしたら? と問いかけてみて、実際に投稿したりもしている。あんなに自分の身体に合わないと思っていた正方形のフォーマットで、笑。まあ、iPhone で撮影する時は 胸ではなくて、目の高さから水平に見ているけれど。

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大森克己
写真家。1994年、第3回写真新世紀優秀賞。国内外での写真展や写真集を通じて作品を発表。2013年東京都写真美術館でのグループ展「路上から世界を変えていく」に参加。2014にはMEM での個展「sounds and things」、PARIS PHOTO 2014 への出展など精力的に活動を行っている。主な写真集に『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『encounter』(マッチアンドカンパニー)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。