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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#59

自分を出し惜しまず、すべてさらけ出してたどり着く、本当の自己表現
― 司辻有香

(2017.10.05公開)

司辻有香(かさつじ・ありか)さんが手がけた戯曲は、「皮膚感覚的」と称される。舞台上では、全身を使った表現の中で、官能的で激しいことばが繰り返され、やがて長い沈黙が訪れる。明確なストーリーがあるわけではないのに、強烈な心象を切り取った描写に、みている者は感情が揺さぶられ、引きこまれる。司辻さんはもともと俳優を目指していたという。それがなぜ、戯曲を書くようになり、このような表現に至ったのか。これまでの軌跡をうかがった。

『不埒なまぐろ』(2013) 第8回アトリエ劇研舞台芸術祭 招聘 2013年1月19日~22日 会場:アトリエ劇研 撮影:清水俊洋

『不埒なまぐろ』(2013)
第8回アトリエ劇研舞台芸術祭 招聘
2013年1月19日~22日
会場:アトリエ劇研
撮影:清水俊洋

———子どものころに、演劇をやろうと決意した瞬間があるそうですね。

3、4歳のころに、母に連れて行ってもらった劇団四季のファミリーミュージカルで、『嵐の中の子どもたち』っていう作品をみたんです。その中で、すごい嵐のシーンがあったんですね。日暮れのような青色の中に少年がいて、豪雨と雷の轟音がとどろいていました。とっても怖かったんですけれど、舞台が雷に打たれて光ったときに、「わたしはこれをきっとする」って思った気がするんです。
自分も雷に打たれたみたいなんですけど(笑)。でもそのひとつの作品だけがきっかけになったというわけではないんです。それまでも母に舞台や演劇によく連れて行ってもらっていたので、やっぱりその都度、体感した感動は覚えているんですよ。その積み重ねた感動が明確に表れたのが、あの嵐のシーンだったと思います。
それからは俳優になりたくて、中学校で入っていた週1回のクラブ活動で演劇に触れるようになったんです。高校でも演劇部で、大会を目指して俳優をしていました。

———はじめは俳優を志していたのに、なぜ劇作の道にすすんだのですか?

それまでずっと俳優として演劇に関わってきた中で、だんだんと演技をすることが窮屈だなって思うようになりました。それを強く実感した時期が大学2回生のときに訪れたんです。劇作家・演出家の宮沢章夫先生が担当する授業で、演技を指導してもらっていたときのことでした。
宮沢先生の授業は、わたしなりの解釈で言うと、「演技に媚びを売るな」というものでした。その授業の中で、わたしが演技をしていて、とても力をこめた目をしたんですね。そのときに宮沢先生は、「ふだん、人はそんな目はしない」とわたしに言ったんです。
授業後のレポートでわたしは、「苦行でした」って書きました。それは授業に対する批判ではなくて、演技をすることに疑問をもつようになった自分を、さらに揺さぶられたからです。なぜ自分が俳優を選んでいるのかという、もっと根本的な疑問を突きつけられたようでした。宮沢先生の授業が、自分を振り返るきっかけになったんです。
そのときわたしは、「俳優をやっていたのは、自己表現がしたいから」ということに気づいたんです。そしてわたしが思う自己表現をするなら、戯曲や演出家の存在が先にある俳優よりは、最初から根本にかかわる、劇作や演出をしたほうがいいんじゃないかと考えるようになりました。

———それから初めて戯曲を書いたときのことを教えてください。

はじめてまともに書いたのは、宮沢先生の授業のあとに受けた、劇作の授業でした。劇作家・演出家の松田正隆先生が担当されてて、「提示された絵をみて、30分の作品を一本書きましょう」っていう。それが最初に書いた作品でした。
内容は、すごい稚拙なんです。でも、書くことで水を得た魚みたいになれたという心境でした。思考よりも先にペンがすすむという感じでした。自分の中で止まっていた時間が動き出したような、かたまりが流れだしたような、今までにない自由を感じたんです。
つねに心にわだかまっていたものが、噛み砕かれてことばになる。そのタイミングが来たんだろうなと思います。
そのとき書いた戯曲は、『降ったかと思ったら、晴れてたり』という題名で、翌年に公演しました。高校生の女の子2人と男の子1人の話です。思春期って、なかなか相手との関係性や、自分の気持ちを咀嚼するまでに至れない。でも、気づきがあって、何か表現したいというような状態だと思うんです。わたし自身のそういう時期の気持ちをこめて描いた作品です。
「他者との関わり」というのは、さっき話した授業で、宮沢先生がおっしゃっていたことです。今でもそのことばの意味を考えることが、わたしの課題になっています。

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『不埒なまぐろ』(2013年)

『不埒なまぐろ』(2013)

———戯曲を書きはじめた当初は、「直接的に性を表現することばや強い感情を表すことばを禁じていた」そうですが、「皮膚感覚的」と言われる表現にはどのようにしてたどり着きましたか。

それは、まわりから「書いちゃだめだよ」って言われていたわけでも、タブーを意識したわけでもなく、「ふだん、人はそんな目はしない」と言われたことと関係があるんです。例えば、男女が性的な関係を持つときって、直接的なことばを遣うわけではなくて、お互いにそういう雰囲気を醸し出して、そこに至ったりしますよね。だから、演劇で性的なことを表現するときにも、現実のありかたをそのまま出そうと、過剰にならないようにと心がけていました。
最初に書いた『降ったかと思ったら、晴れてたり』でも、性的なことだったり、セクシャリティを想起させるものはあるんですけれど、そこでとどめておくほうが、とても身近な作品になるんじゃないかと考えていました。それに、「リアル」のとらえかたに、まだ深みがなかったんじゃないでしょうか。今となっては、現実のほうが、もっと強烈なことがいっぱいあると知りました。そちらもリアルだととらえ始めた結果、だんだん舞台上でも、直接的な強い表現が決して嘘ではないと信頼できるものになってきて、今の表現に至っているんです。
結局、何をリアルだと信じているかだろうなって思います。リアルというものが、すべてことばにしないっていうことでは決してないですよね。本当に大切なひとに、勇気を出して「大好きだよ」っていうことも、もちろんこの世の中にはあることなので。だから、リアルの幅が広がることで堂々と表現できる。

———「直接的な強い表現が決して嘘ではない」と思えるようになったのはなぜですか?

「もう、自分の表現に遠慮することはやめよう」と思ったのが、卒業制作で、『日暮れの入れ物』という作品を書いたときでした。女の子が3人出てくる話なんですけど、ここではわたしも俳優として出演していました。その中で、ひとりの女の子が、わたしが演じる女の子を犯しかけるんですね。
押し倒して、Tシャツをまくるくらいなんです。でも、そういった部分をもっと突き詰めて表現してみたい、ここでとどめたくない、という手ごたえがあったんです。そして、卒業後に書いたのが『愛と悪魔』という作品でした。これは、女子高生2人と男子高生1人が、家庭科教師を監禁するという話です。
性的な表現がかなり出てきたんですが、このときはまだ、20代前半の等身大のわたしが言ってリアルになることばとして書いています。小学生が下品なことばを連呼するみたいな、それの大学生版というか。そこに合わせたレベルだったので、直接的な表現はあるんですが、本質的なことばまで到達できていない感じですね。だからまだ、堂々と「愛している」って言えない状態です。「言ってしまっている」くらいのレベルだと思います。

司辻さんインタビュー動画 『愛在りか』と『不埒なまぐろ』について

———それから「堂々と『愛している』」と言えるような表現にたどり着いたんですね。

愛というものに向き合った作品が、2010年の『愛在りか』です。1組の男女が、愛のことばを語って、表現するんです。愛とか恋というものは不確かなものなんですけど、愛は現実にあるということを提示したいという想いをこめました。
その愛というのは、柔らかくて優しいものだけじゃなくて、苦しみが含まれているんですね。ここに出てくる女性は男性に暴力をふるって、全身で愛を確かめようとするし、2人は体を重ねてセックスをするんです。だからこそ「愛している」ということばが、リアルに感じられるんですね。そういうことをわたし自身が信じられるようになって、直接的な表現ができたのだと思います。
実は愛というのが、それまでのわたしが表現しようとしていたテーマでした。『愛在りか』でそれを描き切った感覚があって、それからはまた別の、人間にとって普遍的なテーマを描きたいと思うようになりました。2013年の『不埒なまぐろ』という作品は、1組の夫婦と間男の、3者の関係を描いています。セリフをしゃべるのはほとんど女性だけで、「抱いて、抱いて、抱いて」とか「寒い、寒い、寒い」とか、心象を表すようなことばが続きます。明確な起承転結もストーリーもありません。心象でつくられる作品なんです。その中で、一方的な暴力やセックスといったエゴイスティックな行為を通して、コミュニケーションのありかたを描いています。

『燃え盛る火の車の女』チラシ 宣伝美術:楠 海緒

宣伝美術:楠 海緒

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『燃え盛る火の車の女』(2015)では、1人の女性の感情が燃え盛る様子を表現。構成やセリフなどを、俳優とともにつくり上げる新しい試みに挑戦した。 アトリエ劇研共催公演/アトリエ劇研若手ダンスカンパニー特別支援企画 2015年6月27~28日 会場:アトリエ劇研 撮影:山内俊介

『燃え盛る火の車の女』(2015)では、1人の女性の感情が燃え盛る様子を表現。構成やセリフなどを、稽古場でつくり上げる新しい試みに挑戦した。
アトリエ劇研共催公演/アトリエ劇研若手ダンスカンパニー特別支援企画
2015年6月27~28日
会場:アトリエ劇研
撮影:山内俊介

———これまでを振り返って、司辻さんは何を目指して劇作を続けてきたと思いますか?

振り返ってみると、今しか書けないものを書く、等身大の自己表現をすることを目指して劇作を続けてきました。そのためには、「自己表現の可能性を断定せず、自分を出し惜しまないこと」が大事なんだと思うようになりました。自分を出し惜しまないことは、ひとに認められようとする承認欲求だけを目的とした表現をしない、ということですね。
ひとに認められないかもしれないと思うと、自分の中にはちゃんとあるのに、使えない感情とかことばが出てくると思うんです。そういう自分の中で使っていないところが、きっと一番おびえている部分なんですね。わたしも劇作をはじめたころは、まさにおびえていて使えていなかった。だから直接的な激しい表現を避けていたんです。だけど、そういうものもすべてさらけ出してこそ、自己表現だと思うんです。
わたしのことでいえば、恐怖を感じることに躊躇していたりとか、幸福になることに躊躇していたりとかってあるんですね。だけど、なんでも遠慮せずに自分を使い切って表現することで、可能性がどんどん広がっていくという実感があります。これからも自分の未知な部分を信じて、新たな表現に挑戦していきます。

取材・文 大迫知信
2017.08.03 京都造形芸術大学にてインタビュー
profile
司辻有香(かさつじ・ありか)

劇作家・演出家・俳優・辻企画主宰。
1981年富山県出身。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科 舞台芸術コース 第1期卒業。
直截な言葉を用いて、生身の視点から愛を描く表現が、「皮膚感覚的」と称される。最近嬉しい事は、人が一人一人居てそこには一つ一つ世界があり、世界が一つでは無いと知る事。自己表現の可能性を断定せず、自分を出し惜しまない事を勇気としている。
今後の展望は、人生を描く事。コンスタントに拘らず、本公演は数年に1度のマイペースで活動中。

受賞・選出等
私達卒業公演『日暮れの入れ物』
作・演出・出演:京都芸術劇場 studio 21
*2003年度 京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科 舞台芸術コース 第1期生 卒業制作 奨励賞

 ●個未来 第1回公演『愛と悪魔』
作・演出:人間座スタジオ
*第12回OMS戯曲賞 佳作

辻企画 第3回公演『I  love you(In the bed)
作・演出:人間座スタジオ
*第2回京都芸術センター舞台芸術賞 佳作

辻企画 第4回公演『世界』
作・演出:京都芸術センター フリースペース
*京都芸術センターセレクション vol.25
*第14回OMS戯曲賞 最終選考ノミネート

辻企画 第6回公演『不埒なまぐろ』
作・演出 :アトリエ劇研
*第8回アトリエ劇研舞台芸術祭 招聘

掲載
戯曲
『OMS〈扇町ミュージアムスクエア〉戯曲賞 vol
*『愛と悪魔』が掲載。
編集・発行:大阪ガスビジネスクリエイト株式会社

劇評
太田耕人「女性作家の競演」
*『不埒なまぐろ』の劇評。
『テアトロ』20133月号
編集・発行:株式会社カモミール社

リポート
「私、秘密知ってるの。」
名古屋演劇アーカイブ 辻企画『私、秘密知ってるの。』
編集:長谷川公次郎
名古屋演劇アーカイブ 稽古場リポート
http://nagoyatrouper.com/report/?p=59

立項
『日本戯曲大事典』
発行:株式会社白水社

寄稿
・追悼 観世榮夫 「観世先生へ。」
『舞台芸術 12
企画・編集:京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター
発行:角川学芸出版

・「『一人』の人間が居る」
『言葉の劇場―OMS戯曲賞20年記念誌
編集:「言葉の劇場―OMS戯曲賞20年記念誌」編集委員会
発行:大阪ガス株式会社近畿圏部

 アトリエ劇研舞台芸術祭「『不埒なまぐろ』で気を付けた事の一つ」
『天に宝を積む アートスペース無門館からアトリエ劇研まで30年の歩み』
発行:マリアパブリケーションズ

・「奇跡の塊あなたの本音が輝く時空降る飴玉社の面と向かってシアター『葡萄色ルージュと空っぽ愛のブルース』に寄せて」
空降る飴玉社公式サイト
http://skycandydrop.strikingly.com/

など


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し、沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。反捕鯨団体への突撃取材や、震災直後の熊本、海外などで取材を行い、ルポを執筆。経済誌・教育専門誌などへの寄稿・取材記事も多数。自身の祖母のつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト「おばあめし」を日々更新中。https://obaameshi.com/