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アネモメトリ -風の手帖-

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#72

武州加州道中堺碑
― 長野県飯綱町

江戸時代の、五街道以外の主要街道を脇往還と言いますが、その中のひとつに北国街道(ほっこくかいどう)があります。北国脇往還善光寺街道とも呼ばれる北国街道は、軽井沢町の追分宿(おいわけしゅく)で中山道とわかれて長野市の善光寺を通り、直江津で北陸道に合流するまでの部分を指します。おおよそ、追分~小諸~上田~屋代~善光寺~牟礼~野尻~関山~新井~高田~直江津を通っていて、現在の国道18号とほとんど同じルートです。古道もけっこう残っていて、歩いているだけでも楽しめます。
牟礼宿(むれじゅく)は、江戸と金沢をむすぶ北国街道の中間地点にあたりますが、町内に「武州加州道中堺(ぶしゅうかしゅうどうちゅうざかい)」と書かれた碑が残っています。この碑は、この場所が武州=武蔵国=江戸の前田屋敷と、加州=加賀国=金沢城を結ぶ道の中間距離にあたる部分ですよという目印だったそうです。正式名称は「小玉道中堺碑」、飯綱町の小玉地区にあります。昭和45年に町指定文化財(史跡)となっています。
前田家では、参勤交代時、この碑に一行がたどり着いた際、江戸屋敷と金沢城へむけてそれぞれ飛脚を立てた、との伝承があります。殿が街道の中間まで進みました! ということだけを伝える飛脚もなかなかたいへんです…
現在では、に刻まれていた文字は消えかけていて、じっくり近づいて見ても読めません。よく捨てられずに残っていたものです。この碑は元々、現在碑が立っている小公園から約110メートルの、立石という地名の北国街道沿いにあったそうです。
牟礼は現在でも宿場町の面影を残し、街道沿いに味わいのある商店街や町並みが残るきれいな地区です。牟礼駅(しなの鉄道北しなの線/信越本線)で降りると街道や碑も近く、散策しながら前田家の参勤交代気分を味わえます。

(山貝征典)

碑の様子。うっすらと文字が見えるような……。

碑の様子。うっすらと文字が見えるような……。

解説の立て看板。

解説の立て看板。

江戸〜牟礼〜金沢のおおよその位置関係地図。

江戸〜牟礼〜金沢のおおよその位置関係地図。