アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#63
2018.08

音楽とアートが取り持つ、まちの多層性

広島・尾道3
3)不便だから「時差」ができる
——三上清仁さん・小野環さんに聞く(1)

豊田さんが「空きP」を始動したころ、偶然にも尾道の山手で「AIR Onomichi」と名付けたアーティスト・イン・レジデンスを始めたひとたちがいる。アーティスト・ユニット「もうひとり」の三上清仁さんと小野環さんだ。共に尾道に越してきた移住者であり、山手地区に暮らす45歳。自身も作家である2人が2年に1度、国内外から作家を招聘し、一緒に山手を歩きながら「どこで何をつくるか」を模索するのが「AIR Onomichi」の特徴だ。2007年、第1回目として5組7名の作家の短期滞在と作品づくりを支援したのを手始めに、今年で第4回目を迎えている。なぜ2人はこの地区をプロジェクトの場に選んだのだろうか。

———「AIR Onomichi」を始める前からずっと山手地区には関心がありました。僕は2002年からこのエリアに住んでましたし、三上くんも2005年に引っ越してきて。当時からこの界隈は空き家がめちゃくちゃ多かったんですよね。でも、まだ「空きP」もなかったし(小野さんは「空きP」の副代表でもある)、ただ空いている、という感じでした。でも僕らにとっては、独特の地形とか車が入れないというコンディションが、美術の活動を展開していく上で面白いんじゃないかと思ったんです。
もちろん冬に灯油を運ぶのがつらかったりとかいろいろあるんですけど、でも最近つくづく思うのは、車が入らないから「時差」ができるんだなと。平地は車が入るので、ああ、いい木造だったのに、いい漆喰壁だったのに、みたいな建物がバリバリ壊されてる。で、何になるかというと駐車場ですよ。そういうのを見ると、何をするにしてもやりづらいから残るんだなと。そういうものって社会の隙間じゃないですけど、ひとが見向きもしないからコストが安いじゃないですか。タダで譲渡したいとか、安く貸したいという大家さんもおられたりするので、そういう状況はアーティストにとっては非常に動きやすいと思ったんです。(小野)

三上さんと小野さんは現在、「光明寺會舘」という山手には珍しい鉄筋コンクリートの2階建ての建物を拠点にしている。国の労働基準監督署だったというこの建物もまた、長らく空き家だったが、ある日、管理主である光明寺の住職さんから使ってみないかと打診があったそうだ。

———第1回目の「AIR Onomichi」の時、作品を展示するための空き地を借りるのに光明寺の住職さんにお世話になったんですが、展示が終わったあとも何となく僕らのことを気にかけてくれてたみたいで、「この建物、空いてるんだけど何かに使わない?」って提案してくれたんです。僕らも活動を始めたけど拠点を持っていなかったので、なるほど、それはいいな、と思って、翌年、「空きP」や学生たちに手伝ってもらいながら改修に着手しました。(小野)

何となく気にかけてくれている、という付かず離れずの見守り方がいい。「光明寺會舘は2階がギャラリー兼スタジオ、1階が尾道市立大学の大学院で美術を研究していた亀井那津子さんが店長を務めるカフェ「AIR CAFÉ」になっており、地元の食材を使った定食や自家製シロップを使った飲み物などを囲んで、アーティストや地元民、観光客らが息抜きの時間を共有する場となっている。「AIR」はアーティスト・イン・レジデンスの頭文字をとったものだが、場に空気を送り込むという意味でもあるそうだ。そばで小野さんの話を聞いていた三上さんが、「ここが子どもからおばあちゃんまでエスケープできる場所になれば、割といいね」と言っていた。

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「AIR Onomichi」の拠点である「光明寺會舘」。写真4枚目の左より、小野環さん、三上清仁さん、亀井那津子さん。三上さんは尾道の「なかた美術館」のディレクターも務める。2階のスタジオでは「Short Stay Program」という作家本人の意思による短期滞在での制作活動も受け入れており、この日はメキシコのアーティストであるイルダ・パラフォックス氏が作品の制作中だった