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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#5
2013.05

新潟 「エフスタイル」がつむぐ、あたたかな「循環」

後編 つくり手、売り手、そして伝え手
1)受け継がれる「HOUSE doggy mat」
山形・穂積繊維工業1
穂積繊維工業の3代目社長、穂積勇人さん

穂積繊維工業の3代目社長、穂積勇人さん

HOUSE doggy matの仕上げ作業「シャーリング」。勇人さんは「芝刈り」と呼んでいた

HOUSE doggy matの仕上げ作業「シャーリング」。勇人さんは「芝刈り」と呼んでいた

使い込まれた型紙。エフスタイルからの細かい指示も書き込まれている

使い込まれた型紙。エフスタイルからの細かい指示も書き込まれている

エフスタイルは現在、新潟と山形を中心とした約18のつくり手とものづくりを行っている。そのうち、最も付き合いが長いのが、山形県の絨毯メーカー「穂積繊維工業」だ。

出会いは2000年。当時、東北芸術工科大学の3年生だった星野さん・五十嵐さんが、所属ゼミ主催の産学共同ワークショップに参加。そこに穂積繊維工業の2代目社長・穂積寛光さんも企業側の一員として出席していたのがきっかけだ。このワークショップで、寛光さんが「麻とウールを使ったマットを企画したい」と2人に提案。そこからすべてが始まり、のちにエフスタイルの代表作となる犬のモチーフのルームマット「HOUSE doggy mat」のプロトタイプが誕生したのだった。

バブルがはじけて以降、受注が減る一方だった絨毯業界。その中で、どうにか浮上したいと寛光さんがあがいていた最中での出会いだった。翌年、大学を卒業した2人が「このマットを持って“行商”に出たい」と申し出た際、二つ返事で工場を動かしたのも寛光さんだ。

その寛光さんは、残念ながら2010年に他界。しかし、息子で3代目社長の勇人さんに経営がバトンタッチされた現在も、エフスタイルと変わらぬ信頼関係を築きながら、日々やりとりは続いている。数年前には同シリーズの猫モチーフのマット「Rondo cat mat」も新たに加わり、このシリーズはエフスタイルにとっても、穂積繊維工業にとっても、思い入れの深いロングセラー商品となっている。

———エフスタイルのマットが革命的なのは、マットに上がった時の足裏の感触がグラフィックデザインそのものに組み込まれているところだと思います。麻糸のループパイルで仕上げた硬めの生地に、ウールのカットパイルで仕上げたふかふかの犬というデザインは、グラフィックとして見ても当然いいものなんですが、そのフォルムや素材の配分に、ちゃんとマットとしての気持ちよさが織り込まれているんです。

山形県中山町。春には一斉に白い花が咲き誇るというさくらんぼ畑のそばにある、穂積繊維工業の工場で、勇人さんが話してくれた。

勇人さん曰く、HOUSE doggy matは、従来の敷物の常識からすると規格外ともいえる特徴を2つ持っているそうだ。ひとつは「麻とウールという異素材を組み合わせていること」。そして、もうひとつは「一枚のマットの中に段差があること」。

———それまでの絨毯業界がずっと目指してきたのは、ウール100%で、パイルがむっちりと詰まった、表面を真っ平らに整えた絨毯でした。そして、そこからなかなか抜け出せなかったんです。そんななか、エフスタイルが、うちの麻とウールの絨毯をベースにして、いきなり“異素材”で“段差”のあるマットをつくった。しかも、従来の販路であるホテルや百貨店ではなく、雑貨屋さんなんかに売りに行くという。親父は当初、「あの子たち、大丈夫か」と心配していましたよ。でも実際に商品が動き出すと、一気にこだわりも心配もなくなったみたいで、「これからは雑貨だ!」って息巻いていました(笑)。

当時、新潟で別の仕事をしながらインディーズバンドで活動していた勇人さん。エフスタイルを訪ねてたびたび山形から出てきていた寛光さんに星野さんと五十嵐さんを紹介されてはいたものの、会社を継ぐつもりはなかったのであまり興味を抱かなかったという。ところが、“あること”をきっかけに、実家の仕事を気にし始めるようになる。

———その頃、好きでよく通っていた、中古家具のセレクトショップが新潟にあったんです。ある日、その店に寄ってみると、「ビタミン」という名前のエフスタイルのマット(現在は生産していない)が売られていた。“こういうの、うちの実家でもつくれんじゃねぇか?”、そう思ってなにげなく手にとってみたら、まさにうちでつくってるマットだったんです。

そんな偶然の出来事から、エフスタイルの2人が穂積繊維工業製のHOUSE doggy matを手に、雑貨店やセレクトショップへ「行商」に回っていることを知るようになった。バンドマンだった勇人さんの目には、そんなエフスタイルが自分の姿と重なった。

———自分でつくったものを、売りたい場所へ出向き、手売りする。エフスタイルって、インディーズバンドと同じことをしているんだな、と思いました。うちの絨毯でも、そういうことができるんだな、って。

ホテルや公共施設、ビルなどの大型契約が中心で、時代や景気の波に一喜一憂してきた絨毯業界。「そういう“大きなこと”にあまり興味を持てなかった」勇人さんは、エフスタイルとは年齢にして4つ違い。つくり手や売り手と顔の見える距離でこつこつと信頼関係を結んでいきたいと考えるエフスタイルとは、同世代だからこそ共鳴できる部分も大きくあったに違いない。

そんな折、寛光さんが絨毯業界に一石を投じるべく、麻とウールで山形の田園風景を表現した絨毯「穂波シリーズ」を発表。このシリーズが2003年「山形エクセレントデザイン」大賞、2004年「グッドデザイン賞」を受賞したことも明るいニュースとなり、勇人さんは、実家の仕事を継ぐことを決めたのだった。

穂積繊維工業の工場にて。エフスタイルの次回の展示会のためのHOUSE doggy matとRondo cat matが織られていた

穂積繊維工業の工場にて。エフスタイルの次回の展示会のためのHOUSE doggy matとRondo cat matが織られていた