アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#45
2016.11

本、言葉、アーカイヴ

後編 共有し、受け渡していくために
1)プラットフォームをつくり、対話をつづける
せんだいメディアテーク企画・活動支援室 北野央さん

荒浜に案内してくれたのは、せんだいメディアテーク企画・活動支援室の北野央(ひさし)さんだ。北野さんは、荒浜の地理や現状について、あれこれ話をしてくれた。沿岸部も細かい地区にわかれ、生業と文化はさまざまであったこと。現在、住民だった方々の数名が、この場所に新しく小屋を立てるなどして、発信しようとしていること‥‥‥。被災した方たちとつながりを持ちながら、県内外の市民と協働し、写真や映像での記録活動のサポートや、展示やウェブなどで情報発信を行い、語る場を設けるといった一連の活動を北野さんたちは行っているのだった。

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せんだいメディアテークは「市民がメディアを通じて、自由に情報のやりとりを行い、使いこなせるようにお手伝いする」ことを掲げる複合文化施設である。美術や映像文化の拠点でありつつ、市民の生涯教育にも力を注いできた。
震災後の取り組みも、それをふまえて立ち上げられた。まずは、プラットフォームとしての「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(以下、わすれン!)、 “対話”を軸にしたプロジェクト「考えるテーブル」の2つを柱とした。
わすれン!は、一般市民からアーティスト、研究者など、あらゆるひとが、震災後を記録し、発信するために設けられた。機材などを無償で貸し出したり、使いかたを教えるなどして、市民が記録した映像や写真をライブラリーにおさめる、あるいはウェブ公開することで他の市民が見たり、使ったりできるというシステムを取っている。

———技術の有無は関係なくて、はじめてビデオカメラを触ったひとから、学生、NPO、専門家、アーティストなど、またセクシャルマイノリティのひとも途中から入ったりして、いろんな立場のひとがいらっしゃいます。
参加者募集は続けていますが、今年も6人が新規で、岩手の陸前高田や京都の方なども登録してくださいました。被災の度合いは関係なく、例えば仙台出身でヨーロッパなど海外に住んでいるひとに参加してもらって、そのときどう思ったかというインタビューを外国人や海外在住の日本人にを取ったりもしています。

集まった記録は、表現力や資料価値などは問わず、すべてフラットに扱い保存するだけでなく、わすれン!の参加者とどう活用するのかを試みてきた。2012年まではUstreamで支援活動や震災体験の対話のようすを流していたし、現在も一部をウェブで公開、毎年2月か3月には上映会「星空と路」を行っている。その一部はDVDにして、ライブラリーに置いている。さらに、2014年には、展覧会「記録と想起・イメージの家を歩く」も開催した。初めて映像を撮ったひとからアーティストまで、多様なメンバーが参加して、展示を行ったのだった。
「考えるテーブル」は、そうした”利活用”のしかたを考える場でもある。

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誰でも使えるオープンスペースとなっている

———それぞれの記録がわかりやすい物語や伝えかたばかりではなく、個人の視点で見聞きしたことが断片的にしか記録されていないこと、そこに住むひとしかわからない場所というのも数多くあります。わかりやすくすると記録が持つさまざまな肌理がそぎ落とされるので、それらの曖昧さやわからなさなども、そのまま残し伝えるようにしています。ただ、それを残して伝えようとすると、他者がキャッチできなかったりする部分は当然残ってしまう。だから、地味ではあるんですけど、2012年からは「考えるテーブル」を使って対話の場をつくってきました。写真と映像を1点ずつ見てもらいながら、参加者と記録者が記録したときの気持ちや体験を語ってもらい、さらにこの記録を伝えていくための問題意識を共有したり、どうアーカイヴして利活用できるかも含めて話し合うんです。

2011年3月11日、美容師が外でカットを続ける(写真:3がつ11にちをわすれないためにセンター/せんだいメディアテーク、記録:齋藤高晴)

そう言いながら、北野さんは一枚の写真を見せてくれた。
震災当日、大きな揺れがあった後に、ビルの隙間で美容師がお客の髪を切っている。インパクトはあるが、文脈がわからない。たぶん、店のなかでカットができなくなって、などと想像はできるけれど、実際どうだったのか知りたくなる。
そんなところから、記録をどう使ってゆくのか、いくつものプロジェクトが生まれていった。そのなかでも、力を入れて取り組まれるようになったのが、写真や映像にはあらわれてこない、記録者の「声」や、またそれを見る側の「声」を集めることだった。

———2012年ぐらいから、一方的な展示やウェブではなく、記録を見て来場者が反応してくれたり、記録したひとの声や感情を、言葉にして写真や映像と一緒に資料化することが重要だと気づいてきました。また2013年から、東北に住むLGBTなどの多様な性の当事者たちが参加者となり、ひとりひとりの声を自分たち集めようということで、手記を募る活動をして、それをウェブサイトに公開したりもしています。そこには、セクシャリティという視点では括りきれない、東北で震災を体験したわたしたちが感じた当時の気持ちや思いが、ひとりひとりの声として残されているように感じます。

写真や映像だけではなく、そこに写されているものを語る言葉。そして、それを見ることで生まれる、記憶や発見の言葉。せんだいメディアテークのアーカイヴが集めようとしているのは、それらをひっくるめた震災からその後に至る記録なのだ。

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レコード型に情報をまとめた「わすれン!レコード」。情報の種類や日付でソートできる / 鷲田清一館長が対談などを行った「昭和の台所」風セット

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