アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#45
2016.11

本、言葉、アーカイヴ

後編 共有し、受け渡していくために
9)詩と聞き書きと 地図をつくる感覚で
詩人 武田こうじさん

話はふたたび仙台に戻る。
仙台市は、震災後の復興計画期間を5年間と設定した。国の方針としては、10年間を「復興期間」とし、5年間を「集中復興期間」と位置づけ、重点的に国が事業費を確保する、とされている。それをふまえて早期復興を目指し、東北全体の復興を牽引するという観点で「5年」となった。
その期限が過ぎた今、書面の上では仙台の復興は「完了」し、さまざまなプロジェクトに予算がつかなくなった。そこからどうしていくのか、ある意味仕切り直しの時期であるかもしれない。

『RE: プロジェクト通信』は、津波の被害を受けた仙台の沿岸部にフォーカスした、詩と聞き書きの小冊子だ。詩人の武田こうじさんとライターの西立目祥子さんは、ていねいに話を聞きながら、2011年の9月からこれまで、年に数回のペースで発行してきた。武田さんは、冊子について「地区のひとたちと、5年6年と関係性をつくってこられた、その蓄積のようなもの」という。

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(下)地区のひとたちを訪ねて、ていねいに聞き取りをする(写真:田澤紘子)

———仙台市市民文化事業団の依頼で始めました。もともと、商店街のなかの閉店したお店をギャラリーにして、そこで詩をつくったり、文学館とか動物園で詩を書いたり、まちに関係するような仕事をいただいてきた経緯もあって。震災後、何か関わりたいけれどどうしたらいいかと思っていたんですが、大きな物語ではなく、町内を回ってやろうとなったので、それなら自分にもできると思いました。一緒に取材をしている西立目さんは、沿岸部の方たちと以前からつながりがあって、その関係からお話を聞かせてもらうことが始まりでした。

RE:プロジェクトは冊子を発行しながら、イベントを企画したり、展示を行ったりなどして、津波で失われた地域を「再び見いだす」という趣旨で始まった。「ここはどういう場所で、どんな暮らしがあったのだろう、地域資源を再発見/再認識/再考する」をキャッチフレーズとして、”自分たちのフィルターを通して出す”ことを試みてきた。ちなみに、冊子の1号目で取り上げられたのは「荒浜」である。

武田さんは、仙台に根ざしながら、詩集の刊行や詩の朗読イベントなどを行いつつ、病院や学校で詩のワークショップや読み聞かせをしてきた。前編で取り上げた「book cafe 火星の庭」の前野久美子さんとともに、Book! Book! Sendaiをずっと手がけてきたひとでもある。『RE : プロジェクト通信』はやりがいがもあるけれど、迷いも多いと言う。

———僕たちは、それぞれの暮らしが文化だと思って取材しているんですけど、「文化というより、暮らしをレポートしているだけじゃないか」とか言われてしまうと、悩ましいところもありますね。5年経って、場所ごとに課題も全然変わっていて、問題もいろいろあって。

地区が流され、ほとんど更地になってしまったからこそ見えてしまう、近隣との差。世代間の温度差。震災のときの体験の差。そして、地区ごとの差。武田さんの話を聞いていると、そうした「違い」が、5年を経て大きくなってきたように感じられた。

———沿岸部沿岸部の屋敷のまわりにはイグネ(屋敷林)があって、以前暮らしていたときは「それで全部隠れていたんだ」って。冗談なのか本気なのかわからないけどそう言うんですよ。

各地区で話を聴くなかで、違いを感じる一方、共通することも見つけてきた。「何かの拍子でぽろっと言われることに、あのひともそう、このひともそうなんだと思う場面は多い」と武田さんは言う。あらためて”いろんな視点を持つ”ことの大切さを感じてもいる。そして、それをどう伝えるかについては相当悩んだ。

———やっぱり、過去の大事さを考えさせられることが多かったんですね。なくなったものが多かったり、欠けていたものがあったり。それをどう未来につないでいくかと考えたときに、やっぱり伝えかたは大事だと思っていて。僕は詩を書いているけど、詩を載せるならもっと情報を載せたほうがいいんじゃないかという意見もけっこうあるんですよ。
でも、沿岸部で聞いたことを都市部のひとたちに伝えても、自分たちだって大変だとか、ショッキングな話が多くてどう反応していいかわからないとか、かえって距離ができてしまうような気がして。だから、自分はいろいろなところの間にいることをなるべく心がけてやっていきたいと思っています。RE:プロジェクトは単に震災の被害の大きさを伝えるものではなくて、自分たちの家族や、以前の暮らしを考えてもらうようなものになったらいいなと思っています。

たくさんのひとに会い、沿岸部を歩くなかで、もう続けられないかも、と思うできごともあった。どうしようもない状況を前に、いっしょに憤ったり、板挟みになる苦しさも味わった。それでも、取材が終わってからも、家に伺ってごはんを食べたり、町内のお祭りに行ったりして、沿岸の各地区を新しく知りつづけ、詩というかたちで、”地図みたいな感覚で”アーカイヴしているのだ。詩でいいのか、と自問しながらも。
5年の復興計画が終了し、このプロジェクトには2016年度から予算がつかなくなった。それでも武田さんはやっていきたいと思っている。

———これからは年に2回ぐらい、自分たちの持ち出しで出していこうかって話をしています。予算がつかなくなるとか、時間が経過してみなさんの状況が変わってきたとか、いろいろありますが、試行錯誤しながらも自分たちなりにかたちにできていけたらいいかなと思います。自分の中心にこれがありますからね。これがあるから会う約束もできるし、また取材に来てくれるのって喜んでもらえることが、僕たちもうれしいんです。

武田さんは「詩はいらないかも」と何度も言ったけれど、さまざまな表現と伝えかたがあるのは健全だし、とても大切なことだ。そして何より、それぞれがやれることを、誠実にやっていくことがこの先につながっていくと思う。