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アネモメトリ -風の手帖-

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#274

白い軒裏
― 川合健太

白い軒裏

(2018.07.01公開)

梅雨の中休み、真夏のような日差しが照りつけるなか、東京世田谷にある満願寺を訪ねた。最寄り駅の東急等々力駅から徒歩5分。建て替え工事の進む世田谷区玉川総合支所庁舎の工事現場の脇を抜け、日陰を求めて歩きながら目黒通りの手前までくると、樹木の生い茂ったなかに山門が現れた。写真では何度か見ていた端正な佇まいのすっきりとしたコンクリート造の山門。満願寺は新興数寄屋の創始者として知られる建築家・吉田五十八が晩年に手掛けた寺院建築である。最近、わけあって吉田五十八の建築について調べる機会があり、その中で見た満願寺の設計主旨に興味が湧いて、是非ともその特殊の雰囲気のにじみ出た空間を体験してみたくなった。

「西欧の中世紀の教会には、必らずといっていいくらい、僧院が中庭にむかって建てられている。そしてアーチを戴いた列柱が中庭をとりまき、中庭の床には、大理石のモザイクが敷きつめられ、中央には泉があふれる水盤がおかれて、さながら宝石箱のなかにいる様な、豪華な静けさを感じさせる。ときには、その静寂さを破るように、僧侶のあるく、ゆるやかな靴音が、中庭にこだまして聞えてくる。こういった静けさは、日本の寺院には求められない別のものであって、日本の静けさより、もっと冷たく厳しいものがあるようである。この西欧の冷徹なる静寂さを、日本の寺院にも表現できないものかと、このたびの満願寺にこれを計画してみた。
近来の日本の寺院は、木造の感覚をコンクリートに置きかえて表現しようとする一種の疑似建築である以上、木造でつくられた、昔の寺院のような、しっとりとした、何んともいえない、幽玄な静けさというものは、望むべくもない。がしかし、この満願寺が竣工してみると、本堂、庫裡、門、塀にかこまれた、この大きな空間に、在来の日本の寺院にない、さりとて前にいった西欧の僧院の感じでもない、何か別のある特殊の雰囲気が、にじみ出たような気がする。」(寺院の静けさ「新建築」昭和45年4月号より)

南側に面した山門をくぐり境内に入ると、北側の本堂まで真っ直ぐに伸びた御影石の参道の周りには砂利の敷かれた前庭が広がり、本堂の東側には庫裏と本堂をつなぐ渡廊下が設けられていた。本堂の西側には後年に建設されたと思しき講堂が東側の庫裏と対をなすかたちで建っている。さてと、本堂の前に置かれた賽銭箱に向かって歩き始めると、夏の日差しに照らされて静かな広い境内には自分の姿しかない。五段の階段を上がり賽銭箱の前に立ち、小銭を入れて本堂に向かい手を合わせて振り返り、少し高い位置から境内を見渡した。山門からは両翼に塀が伸び、それらと庫裡と講堂に囲まれた中はぽっかりと空いている。都会の中においては、異空間である。庫裏の西側は長い柱廊になっていて、境内との強いコントラストで、深い庇の下はたっぷりと影を蓄え、冷んやりとしていた。そんな柱廊で夏バテした犬のように小一時間ほど休んでいたら、15分おきくらいに花を携えた御墓参りの人たちが明るい境内を行き来していた。山門で一礼し、参道を進み、本堂の前で手を合わせて一礼し、踵を返して墓地まで進む明確な流れは、まるで美しい舞台を見ているかのようで、そんな光景をぼんやり眺めていたら、不意に雲が日差しを遮り薄暗くなったなと思ったら雲が晴れてまた強い日差しが差し込んだ。そしたら、あたり一面がエメラルドグリーン色につつまれた。緑青をふいた渡廊下の屋根の銅板が、日に照らされて輝いて、その色が本堂の白い軒裏に反射してまわりに降ってきたのだ。建物がつくり出したそんな現象に何んとも言えない心地よさを感じていたら、本堂の前にいくつか置かれた水瓶に蓮が育てられていることに目がとまり、近づいて覗き込むと、蓮の葉の下にもエメラルドグリーン色の空間が広がっていた。なるほどこれもまた吉田五十八の言う特殊の雰囲気なのかなと考えながら満願寺の境内をあとにした。

境内の静けさ満つる蓮の中 牛蒡

画像:満願寺の本堂(筆者撮影)


満願寺
東京都世田谷区等々力3丁目15番1号
http://manganji.or.jp/index.html#