アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

空を描く 週変わりコラム、リレーコラム

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#70

物語を編む
― 早川克美

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(2014.07.06公開)

つい先日、徳島県の神山町に取材で訪れた。神山町とは、NPO法人グリーンバレーによるアーティスト・イン・レジデンスやITベンチャーの誘致など、さまざまなまちづくりの取り組みで近年注目されている町だ。徳島阿波踊り空港からレンタカーを走らせること1時間弱、山間の人口6,000人ほどの小さな町では、魅力的なプロジェクトが現在進行形で進められていた。その取り組みの詳細はアネモメトリ本編の2号、3号で特集されているので、是非ご覧いただきたい。https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/?issue=885

NPO法人グリーンバレーの理事長・大南さんにいろいろとお話を伺った後、アーティスト・イン・レジデンスの成果として町に残された小さな建造物にご案内いただいた。写真がその建物である。森のなかにひっそりと佇むその建物は、「町の図書館」だという。アーティストが神山町に滞在している中で、町に図書館がないことに気づき、あるコンセプトを持った図書館を作品として制作したのだ。そのコンセプトとは、このようなものである。

◯この図書館には、町民の寄贈本で成立する。
◯一人につき3冊寄贈できる。
◯その3冊は、人生で影響を受けた3冊でなければならない。
◯寄贈した人だけが鍵を渡されて図書館を使うことができる

たとえば、卒業・結婚・死別…というように、人生のターニングポイントとなる節々で出会った本を寄贈してもらうというようなことだ。様々な町の人たちの人生の断片を、本を通して共有、垣間見ることができるという趣向である。

鍵を開けて中に入ると、本棚には手作りのブックカバーがかけられた本が並んでいた。天井まで開かれた大きな窓からは森が広がり、窓に面してベンチソファと足元には薪ストーブが配されている。森の中で本に囲まれて過ごす時間はなんと豊かなことだろう。

この作品に感銘を受けたのは、その物語性だった。アートの作品が、完成して終わるのではなく、つくられた後にさらに作品として成長していく物語が編み込まれている。本を通して他者の人生を感じる。共有する。作品を受け取った町の人たちに新たな価値観を提供し、それまでの日常になかった行為を生み出している。その持続する物語の無理のない必然が大変素敵なことだと感じた。
何かを新たにつくるということは、今までになかった価値観をこれまでの日常に持ち込むことだ。受け入れられるかは日常が再構築されるかにかかっている。それゆえ、多くの人が共感し、持続するための物語を編みこむということはとても大切なことである。

森のなかの図書館から、人をつなぎ、価値観を再構築するイメージを現実化するアートの力強さを体感するとともに、新たな場を定着させ、持続させるためには、物語を編みこむことが不可欠であると再確認した。