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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#39

演奏会の枠を越え、“個展”で広げる音楽の可能性
― 永島留美

(2016.02.05公開)

 石川県白山市を中心に活動するピアノ奏者で作曲家の永島留美さん。毎年開催する演奏会を「個展」と呼び、親しみやすい声楽曲や器楽曲だけではなく、特殊な演奏・歌唱法をもちいた実験的な作品も盛り込んでいる。また、美術や文学作品を取り入れたり、観客参加型のプログラムなど、さまざまな手法を駆使して独自の世界を表現している。なぜ彼女は、ピアノの奏者にとどまらず、自ら曲をつくり、「個展」を行うようになったのだろうか。

ピアノ

永島さん愛用のピアノ。使い込まれた黒鍵は角がすり減っている

——永島さんは音楽大学でピアノを学ばれたということですが、どうしてピアノだったのでしょうか?

わたしがピアノの演奏をはじめたのは、小学2年生のころピアノ教室へ行ったことがきっかけです。いつの間にか夢中になり、ごはんを食べるのと同じようにピアノの演奏が生活の一部になっていました。それから今まで、辞めようと思ったことは一度もありません。
学校ではおとなしい方で、思っていることを表に出すことが苦手でした。なので、ピアノを弾くことで自分の内側にため込んでいたものを外に吐き出していたんです。そのころはクラシックの曲以外にも、テレビで流れていて気に入った歌謡曲とか、いろいろな曲を弾いてました。
より専門的にピアノのスキルを習得したくて、武蔵野音楽大学に進みました。ピアノ演奏が専門のコースで、在学中はショパンやベートーベンなどのクラシックの曲を弾いていました。ポピュラー音楽をやりたいとは思いませんでしたね。キーボード担当でバンドをやるなら、ボーカルや別の楽器も必要ですし、シンガーソングライターも選択肢にはありませんでした。ピアノはメロディとなる単音だけでなく和音やコードもあり、ひとりでも曲が形になるところが好きですね。自分で曲をすべてコントロールできて、演奏しているだけでも楽しいです。
音楽大学を卒業してからは演奏の仕事や音楽教室の先生をしてきました。弾いたり教えていたのはクラシックの曲です。演奏は主に声楽家から依頼を受けてピアノの伴奏をしていました。今でもそのような活動もしているので、ピアニストとしての一面はあります。

——その後、芸術大学に入り直されたのはなぜでしょう? また、芸術大学では何を学ばれましたか?

もともと美術館に行って美術を鑑賞するのが好きでした。芸術の見方がもっとわかるようになりたいと思い、働きながら通える京都造形芸術大学の通信教育部で、芸術学について学びました。芸術作品に込められた意味をより深く理解できるようになれば、ピアノの演奏のときにも曲が作られた背景を深く理解したり、表現力もより豊かになると思ったからです。
芸術大学では絵画や舞台芸術などが持つ歴史や意味を学びました。卒業論文では、あるオペラの演出家について書きました。大学でのアウトプットは文章を書くことだったので、ピアノの演奏は直接的には関係なかったですね。でも自分のつくった曲を発表する「個展」をやるようになってから、パンフレットなどで文章を書く際の文章力にもとても役立っています。
それに、音楽以外の分野の作品から多くのことを読み取れるようになったことは、ピアノの演奏にも活かされていると思います。わたしの「個展」では、美術作品や詩をモチーフにした曲や、ライブ・ペインティングとコラボレーションした作品を演奏しています。ライブ・ペインティングのアーティストは京都造形芸術大学の卒業生ですし、この大学で学んだことやつながりがあるからこそ生まれた曲も少なくありません。

演奏中(クレジット塚本茂樹撮影)

撮影:塚本茂樹

——作曲を始めたのはいつですか?またきっかけは何でしょうか?

本格的に作曲をするようになったのはわりと最近で、6年ほど前からなんです。作曲をしてみようと思ったのは京都造形大学を卒業した2009年のことで、水戸芸術館で開かれていたあるアーティストの個展を見に行ったのがきっかけです。中でも印象に残ったのは、アルプスの山に向かってアーティスト自身がチェロを弾いている映像作品で、映像と音楽を組み合わせて独自の世界を表現しているところに触発されました。
そのころわたしはピアノの演奏以外にも、何かを表現できる方法がないか考えていました。ピアノの演奏と別の何かを組み合わせれば表現の可能性が広がることに気づかされたんです。そこで、それまでやってきたピアノの演奏にプラスして作曲に挑戦してみることにしました。作曲であれば音楽大学で基礎を学んでいますので、何かしらできると思ったからです。

——どんな曲をつくられているのでしょう?

作曲を始めたころは、ほとんどコードを組み合わせることで曲をつくっていました。でも、そのころつくった曲はポピュラーソングのようなものばかりで、声楽家が演奏会で歌うには物足りなさがありました。
そんななか、谷川俊太郎の4つの詩(「芝生」「二十億光年の孤独」「かなしみ」「はる」)に音をつけた曲には思い入れがあります。どの詩も簡単な言葉で深い内容を語っていることもあり、技巧を凝らさないシンプルな曲にしました。詩を読んで感じたことを素直に表現でき、それぞれの詩の内容に合った曲がつくれたと思っています。そこでなんとか観客の前でも演奏したかったので、はじめは声楽家がひとりで歌う独唱曲だったのを、複数で歌う重唱曲として編曲し、2012年に初演しています。
わたしは、つくった曲を演奏する場を「個展」と呼んでいます。「演奏会」というと“他人のつくった曲を演奏する”という印象をもたれてしまうからです。わたしの「個展」は、音を展示するというイメージで、自分で作曲した曲ばかりを演奏しています。

——永島さんは詩人の書いた詩をテーマにした曲をいくつも作曲されていますね。

そうですね。今まで、三好達治や萩原朔太郎、室生犀星などの詩を取り入れた曲をつくって個展で演奏してきました。彼らの言葉の力を借りて曲を書いた感じですね。萩原朔太郎の5つの詩(「静物」「桜」「干からびた犯罪」「花鳥」「死」)をテーマにして作曲した、5つの曲(「器」「木」「詭」「希」「奇」)には歌詞はありません。彼の詩の世界をわたしなりに解釈して、楽器が奏でる音だけの曲をつくりました。
三好達治や室生犀星の場合は、詩に曲をつけています。彼らの詩を読んでいると、情景が目に浮かんできて、温度も感じられます。室生犀星は金沢出身ですし、三好達治は福井県の三国町に住んでいました。金沢はわたしが住んでいる白山市の隣ですし、三国町も近くです。北陸の日本海側の雰囲気が彼らの詩から感じられて、惹きつけられたのかもしれません。

「時無草」作詞:室生犀星 作曲:永島留美 / 演奏 ソプラノ:朝倉あづさ ピアノ:永島留美

——永島さんは石川県を拠点とされていますが、作曲活動に住む場所の影響はありますか?

それはあると思います。わたしの部屋からは日本海と、海に沈む夕日が見えます。この辺りは冬に天気が荒れると、あられや雪が降って、雷が鳴るということもあります。そうした自然のようすを、子どものころからよく観察していました。天気が悪くなると山が黒っぽくなって近づいてくるようにみえるので、「もうすぐ雨が降る」って思ったりしていましたね。そうして自分が暮らす場所で培ってきた感性に触れる詩を選んで作曲していますし、「雪」や「あられ」「夕日」などの自然をテーマにピアノの即興演奏で表現することもあります。
同じ海沿いでも太平洋側だとカラッとしているイメージがありますが、北陸の日本海側では除湿器がいるほど湿気が多くて、曇りの日が続きます。三好達治の歌曲は、詩のイメージにあわせて湿った感じで書いています。日本海で生活していることが少なからず影響して、わたしの曲は全体的に湿度を感じさせるものが多いですね。もちろん、爽やかな曲もありますが。

窓からの風景9 自宅 作曲中

部屋から見える北陸の景色が永島さんの音楽にも影響を与えている/2台のピアノと作曲に関する道具がある永島さんの部屋。ピアノの天板の上で楽譜を書き作曲する

——アーティストが即興で絵を描くライブ・ペインティングとピアノの即興演奏を組み合わせたプログラムも個展で披露されています。なぜ永島さんはこのような試みを行っているのでしょうか?

2014年の個展では「巡り」というテーマで、ライブ・ペインティングと即興演奏のコラボレーションを行いました。この曲は観客も好きなタイミングで手を叩いたり足を鳴らしたりして演奏に参加することができました。するとそのときどきで、絵や音、会場のひとたちの動きがうまく合わさったり、また離れたりします。そのように「巡り合う」ことを全身で感じて、考えてもらうのがコンセプトです。
なぜこうした作品をつくっているのかというと、クラシックに詳しくないひとにも楽しんでもらいたいからです。一般的に演奏会は面白くないものって認識があるように思います。わたしも観客としてクラシックの演奏会に行ったとき「咳をするのも大変」といった堅苦しさを感じます。演奏する側としてはそんな状況は辛くて、お客さんにはもっと楽しんでもらいたいんです。その方がこちらの表現したいことも伝わりやすくなるんじゃないでしょうか。お客さんも能動的に曲の演奏に関わって、ここでしか味わえない一体感を感じてもらいたいです。それを目指してやっています。

——永島さんがピアノを弾きはじめたときは、ひとのために演奏していたわけではなかったとおっしゃいました。今でもご自身のやりたいことと、多くのお客さんが聴きたい音楽というのは必ずしも一致しないのではないですか?

そうですね。ひと前で演奏するようになってお客さんのことを考えるようになりました。ですが、わたしがつくりたい曲がいつもお客さんの聴きたいような曲だとは限りません。だからといって聴き手を無視して曲をつくって披露しても、自己満足でしかありませんよね。作り手と聴き手がいかに満足するか。その兼ね合いは、プログラムの組み方で調整しています。
わたしの「個展」は、大きく分けて3つのプログラムから構成されています。ひとつは親しみやすい感じのもの、そして特殊奏法を交えた強い主張のあるもの、最後にライブ・ペインティングと一緒にやるような“演奏会”の枠を越えた作品です。

——特殊奏法というのはどのようなものでしょうか?

特殊奏法というのは、たとえばチェロだったら弦を弾くというより、音が響かないように弦を押さえてギコギコとこすれるような音を出したりします。萩原朔太郎の詩をテーマに曲をつくったとき、ある詩のなかに〈女の髪の毛とがふるへて〉という表現があったので、チェロで擦るような音で表現しています。
詩の世界や自然のものを音で表現しているうちに、コードから外れた音の進行や特殊奏法を曲づくりに取り入れるようにもなりました。そうした作品は美しいメロディーが流れてくるわけではないので、ただ座って受け身な感じで聴いているとあまり面白くないかもしれません。詩をモチーフにした曲なら、その詩の世界を想像してもらうことで味わい深くなると思います。
聴き方もちょっと特殊なので、こうした曲ばかり演奏していると楽しめないお客さんも出てきます。なので親しみやすい曲も演奏しますし、ライブ・ペインティングを取り入れた観客参加型の曲もプログラムに組み込んで、いろいろな楽しみ方をしてもらおうとしています。

「《五つの言葉》—萩原朔太郎の詩に寄せて チェロとピアノのための より 『奇(き)』」 作曲:永島留美

奇3

特殊奏法が組み込まれた楽譜の一部。チェロで「騒音を立てる(make noise)」や、ピアノで「腕も使って同時に複数の鍵盤を弾く」という指示が書き込まれている

——3つに分けたプログラムに関してお客さんの反応はどうですか?

2015年の4月に開催した個展でのことなんですが、あるお客さんから感想をいただきました。そのかたは、わたしのなかで挑戦した作品を理解してとても喜んでくれました。それまで個展のプログラムは、いわゆる万人受けするものを多めにして、わたしがやりたいことを一曲入れるくらいでいいのかなと思っていました。ですが、そのお客さんの感想を聞いて「わたしのやりたいことをやれば喜んでくれるひともいる」「個展に来てくださるかたがみんながみんな、ふつうの癒しを求めて音楽を聴きにきているわけではない」ということに気づきました。そこで2016年の5月に行う個展では、わたしがやってみたいことの割合が多くなっています。

——たとえばどんな曲があるのでしょうか?

今までは日本語の詩を使った曲を書いてきたのですが、次の個展ではドイツ語の詩を取り入れた曲を演奏する予定です。詩人はライナー・マリア・リルケとパウル・ツェランという2名です。どちらも日本語に翻訳された詩集が出ています。今までつくっていた歌曲は日本語でしたが、次はリルケとツェランの詩をドイツ語のままソプラノの歌手に歌ってもらいます。
そこまですると、お客さんに理解されないかもしれません。ですが楽しんでくれるひとが少しでもいると思って、今回は挑戦的な作品を多めに用意しています。特にユダヤ教徒だったツェランは、ナチスの強制収容所に入れられて大変な目にあい、ネガティブな感情を表現した詩をたくさん残しています。曲はそうした感情を、特殊奏法を使って表しているので、美しい旋律を聴かせるものではないですね。リルケのほうは神を称える詩をたくさん書いています。曲はオーソドックスなクラシックの歌曲という感じなので、ある程度はバランスがとれているかなと思います。

——これからどのような作品をつくっていきたいですか?

美しいものや感情を美しい旋律で表現する、ということが作曲家としては求められているのかもしれませんが、それ以外のことも積極的にやっていこうと思います。次の個展で行うライブ・ペインティングとコラボレーションした作品は“水の語らい”といいます。ピアノとフルートの音が響くなかで、美術家が絵の具ではなく水で絵を描いていきます。そして時間とともに水が乾くことで、その絵も音のように消えてなくならせるんです。観客も自由に会場を移動して鑑賞できます。曲にあわせて描いた絵が蒸発してなくなっていくようすと、お客さんたちが常に動くことで、全てのものは刻一刻と移り変わっていくことを表現しようと思っています。わたしが作品を通して最も伝えたいのは“無常”という、とても日本的な思想なのかもしれません。これからも伝える手段を模索しながら、作曲と演奏を続けていきます。

演奏中3(クレジット塚本茂樹撮影)
撮影:塚本茂樹

永島留美(ながしま・るみ)
石川県白山市生まれ、同市在住。作曲家、ピアノ奏者。武蔵野音楽大学でピアノを学び、卒業後に音楽教室「Atelier N」を開く。生徒にピアノやソルフェージュを教える傍ら、依頼を受けピアノの演奏も行う。その後、京都造形芸術大学芸術学部芸術学科に入学。2009年に卒業後、ツェ・スーメイの映像作品に触発され作曲活動を開始。2010年「佐々木藍子、永島留美デュオ・コンサート」を開催。2012年からは毎年開催する個展で作曲した曲を披露している。2016年5月に個展「息の結晶-Atemkristall」を開催予定。

大迫知信(おおさこ・とものぶ)
工業系の大学を卒業し、某電力会社の社員として発電所に勤務。その後、文章を書く仕事をしようと会社を辞め、京都造形芸術大学文芸表現学科に入学する。現在は関西でライターとして活動中。