(2021.05.05公開)
2018年に『making』という本をつくった。ブックデザイナーの山元伸子さんとの本のユニット、ananas press(アナナプレス)として紙、印刷、製本にこだわって、読むだけでなく見てさわっていつまでも楽しめる本を作りたいと2008年から活動している。主に活版印刷や孔版印刷で刷り、製本は一点一点手作業で。10年目の本のテーマは「つくること」。あたまをひねり手をうごかしてつくったこの本はこれまでの制作を振り返り、それぞれの本にまつわるエッセイ、スケッチ、写真、印刷のやれを綴じ込んだ。本と一緒に、製本、印刷の作業でつかう道具についての小さな未綴じの本も一緒にケースに納めた。
製本道具は紙を切るカッターやメス、サイズを測る定規、紙の厚みを測る測量器、穴を開ける針、目打ちとポンチ、折り筋をつけるためのヘラ、糊で貼り合わせるときに使う刷毛、貼り合わせた紙をフラットに乾かすための重しなどが基本的な道具だ。どれも2001年に製本を学び始めてからアトリエや学校で使っていたものを自分でも購入し、長いものではもう20年近くつかっている。
それほど深く考えもしないままにフランスに留学をして、取り寄せたパンフレットを頼りにパリにある製本学校の門をくぐったのが2001年のこと。大学の休学は1年と決めていたのでそこでは夏期講習を受講、その後はパリ中の製本を教えるアトリエに電話をかけて最後の最後に受け入れてもらえたのがフランス人製本家・Paule-Amélineのアトリエだ。
14時にとの電話でのやりとりを4時(16時)と勘違いして初対面の日に2時間も待たせてしまった。遅刻したにもかかわらずもうここしかない、学びたいんですと必死なのが伝わったのか「じゃあ、来月からね」と言ってくれたあの満面の笑みにどれだけ救われたことか。
学校の夏期講習で一通り工程は学んだけれど、じっくり技術を学ぶのはほとんど初めてのこと。初日のクラスを終えてすぐ、先生の手書きのメモを片手に製本の基本の道具、骨のヘラ、メス、糊用の豚毛の刷毛、金属の定規をサンミッシェルのRELMAで買い揃えた。美術大学に通っていたけれどほとんど手にしたことのない道具ばかり、ふくらむ期待を胸に大事に持ち帰った。
Paule-Amélineに学んだのは9ヶ月、その後、ドイツ人ブックアーティスト・Veronika Schäpersの元で働き、彼女の勧めでスイスの製本学校にもう一度留学をした。技術とともにさまざまな道具にふれ、いまでは教えるようにもなっている。フランスから持ち帰った道具はいまも毎日のように使い、ヘラや目打ちはいくつか種類を揃えてはいるけれど、結局しっくりくるのは長年使っている道具だ。まるで自分の指先の一部になったような気もしている。
製本を教え始めたのは2008年、今年で14年目に入る。製本の基本的な技術と道具の扱い方を、そしてananas pressで制作するときのような本づくりのたのしさを教えたいという想いは最初の頃から変わらない。
2021年の5月からは京都、京大近くにあるおよそ100年前に建てられた趣のある洋館、白亜荘の一室でワークショップを始めることになった。編集者の村松美賀子さんの主宰する月ノ座での講座は「紙に親しむ」ことから始め、糊を使わずに紙一枚を折ってつくる封筒から製本用の麻糸で綴じる冊子まで全5回のクラスを設けた。皆でテーブルを囲みじっくり紙と向き合う時間をたのしんでもらいたい。
月ノ座を初めて訪れたとき、ふとPaule-Amélineのアトリエを初めて訪れた日を思い出した。柔らかな光が射し込むあの部屋でのあたらしい出会いを心待ちにしている。
都筑晶絵(つづき・あきえ)
1979年生まれ。
多摩美術大学在学中、2001年にフランスで手製本と出会い
大学卒業後、ドイツ人ブックアーティスト、Veronika Schäpers氏に師事。
2007年1月からスイスにある製本専門学校(Centro del bel libro, Ascona)で再び
製本を学び、2008年3月から製本教室を始め、展覧会のための作品集や特装本のオーダーを
受ける傍らブックデザイナー、山元伸子さんと ananas press(アナナプレス)として
作品づくりを始める。
2011年より愛知県にアトリエを構え各地でワークショップを行う。