アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#100

祖父の写真
― 林 智子

(2021.04.05公開)

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私の祖父は、散歩が好きだった。

私が幼い頃はよく、特に話をするでもなく、祖父の即興で作った鼻歌を聞きながらただただ一緒に同じ方向を向いて歩いた。その心地よい時間の記憶と隣から聞こえる鼻歌の音、そして彼の自然への眼差しの暖かな温度は、今も私と祖父との大切な思い出の一つとして鮮明に思い出される。

祖父は大学で地球物理学を学び、阿蘇と上賀茂にある地震観測所で火山と地震の研究を行っていた。戦時中は南スマトラで石油開発の仕事に就き、終戦後も物理探鉱の仕事で世界中をプロペラ飛行機で旅した人だった。

彼が、愛する家族から遠く離れて訪れた様々な土地で過ごした孤独な時間の中で、唯一慰めとなったのはそこで出会った植物や雄大な自然との豊かな交感だったことが彼の遺した写真や日記の瑞々しい描写から伝わってくる。

阿蘇や上賀茂の山頂での静かな暮らしや、南スマトラで敗戦を迎えた際の過酷な暮らしの中でも、その土地土地特有の野草や果物を収穫し、仲間と食を愉しんだ話、空に広がる壮観な星空の中に星雲を見つけ、遠くにいる大切な家族を想って過ごした話など、どんな状況下にあってもいつも彼は自然の存在に救われ、希望を見出していたことがよくわかる。

仕事柄、記録として写真を撮り始めたようだったが、祖父の撮る写真からは科学的な記録の意図を超えた自然への驚異と敬愛の念を感じることができ、私は幼ない頃から彼の写真がとても好きだった。

生前、祖父を訪ねた私は必ずと言っていいほど彼の撮った美しい白黒写真のアルバムのある本棚へ直行し、そのアルバムを見ながら一つ一つの写真の思い出話を聞いたものだった。彼が遺してくれた阿蘇や上賀茂の大自然の写真と、生真面目な性格だった彼らしい詳細に書かれた日記は今も私の大切な宝物であり、祖父の眼差しと自分の眼差しを重ねることができる道具の一つとも言える。

もちろん血の繋がった大切な人の眼差しであるから、余計に愛おしく感じるのには間違いないだろう。もしそうでなかったとしても、今のように多様な通信手段や記録方法がなかった時代、目の前にある自然とただ静かに交感しながら生み出されたこれらの写真は、その時その眼差しを向けた人の心が確かにそこで動いた証として存在し、今はもう出会うことのできない人たちとわたしたちとが新たな関係性を結ぶ道具としても存在しているのではないだろうか。

祖父が亡くなって6年が過ぎた2015年の秋、不思議なご縁の数々に導かれ、祖父の故郷である熊本の熊本市現代美術館で行われた「Stance or Distance?」展に参加することになった。

その際、発表した作品の一つ「Distance – Grandfather」は、祖父が1930年代に撮影した白黒写真を片手に、彼の阿蘇での足跡をたどって旅をしながら撮影した写真と祖父の写真とで構成されたインスタレーション作品であった。

その制作過程の中で私は、彼が青年時代を過ごした阿蘇火山センターやその他の思い出の場所をなるべく自分の足で歩いて訪れ、心が動いた場所でシャッターをきった。それらの場所には今も確かに祖父の生きた記憶の痕跡が遺されていて、足を進めるごとに祖父の存在を感じることができたのであった。

写真を作品のために撮ったのはこれが初めてのことだったが、このことをきっかけに少しずつ写真を撮るようになり、この「歩く速度で自然と交感しながら写真を撮る」という行為は私に新たな世界の見方と表現の幅を拡げてくれたように思う。また、私はこれまで様々な土地を転々としながら人と人との親密な関係性をテーマに作品を制作してきたのだが、現在は比叡山の麓にある自然と街とが緩やかにつながる土地で七年という月日を身近な自然に触れて過ごしてきたことで、私の作品のテーマも人と人との関係性から森羅万象の多様な関係性へと広がり、特にここ数年変化しつつある。

現在私は2021年5月から京都の上賀茂で開催される個展「虹の再織」展の準備の真っ只中である。

今回の展覧会は、目に見えない様々な関係性とつながりをテーマに、上賀茂周辺にある自然物や制作過程で出会った方々との交感を通して制作した作品群を視覚に限らず、音や香りや手触りなどの身体性を通して感じれる作品として発表する予定だ。

上賀茂周辺で採集された植物の草木染めや、植物園に咲く花のフレグランス作品とともに今回の展示でも不思議なご縁が重なり、祖父が学生時代を過ごした上賀茂の地震観測所を訪れる機会をいただくことが出来た。今回も阿蘇の時と同様に、彼の写真を片手に彼の足跡をたどって作品を制作している。

祖父の遺してくれた写真は、今日も彼の眼差しとつながる為の大切な道具として私の創作活動を支えてくれている。

林 智子 虹の再織
tomoko hayashi | reweaving the rainbow
2021年5月1日(土)-  5月30日(日)観覧無料
会場 – 瑞雲庵 (京都市北区上賀茂南大路町62-1)
会場時間:月金土日祝|10:00 – 18:00
休館日:火水木
*5月4日(火・祝)・5日(水・祝)は開場
https://www.tomokohayashi-reweavingtherainbow.com/

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林 智子(はやし・ともこ)
1980年、兵庫県生まれ。美術家。京都在住。
京都精華大学芸術学部卒業、ロンドン大学セントラル・セント・マーティン ズ・カレッジ・アート・アンド・デザイン修士課程修了。
京都とロンドンで染織を学び、様々な国で科学、科学技術、伝統工藝、料理などの専門家と分野を超えたコラボレーションを行い、目に見えない関係性をテーマに作品を制作している。
主な展覧会に「Touch me」(ヴィクトリア&アルバート美術館、ロンドン、2005)「現代美術の皮膚」(国立国際美術館、大阪、2007)「sweet memory」(京都芸術センター、2011)「Stance or Distance?」(熊本市現代美術館、2015)、「Taoyuan Arts×Technology」 (タオユアン・アート・センター、台湾、2018)「Microwave New Media Arts Festival」(香港シティホール、2019)「TAKUMI CRAFT CONNECTION」(建仁寺両足院、京都、2019)、「Ethereal Beings」(Farmoon、京都、2020)など。

http://www.tomokohayashi.com