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アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#111

特殊奏法の小物たち
― 森本ゆり

(2022.04.05公開)

ピアノは調律との分業がほぼ確立され、楽器の調整も自身で行う演奏家は稀である。
では、ピアニストはピアノそのもの以外の「道具」とは遠い存在なのかというと、そうでもない。とりわけ現代音楽作品に見られる「特殊奏法」の中には、さまざまな道具が登場する。

道具の一部

道具の一部

なかでも広く知られているのは、ジョン・ケージの発明による「プリペアド・ピアノ」という手法だろう。弦の間にボルトやコイン、ゴム、木片などを指定に従い挟み込んでいく。この「プリパレーション」と呼ばれる作業を施したピアノは、音質が変化し、およそガムランや打楽器の響きにも似たものとなる。私も作曲科の学生だった頃、もれなくその洗礼を受け、ホームセンターに通いはじめた一人である。今では相当な数のコレクションを所有している。まず、ピアノが全く違う楽器に変わることが、純粋に楽しい。現実的には、演奏を続けるうちにプリパレーションがずれて外れたり、響板に接触してしまわないよう再考し、ピアノの個性によって落としどころを見つけてゆく必要もある。時折、お国柄の反映された素材などを見つけては、日本で代用できるものを探すのも楽しい作業だ。
それ以外にも、ピアノの鍵盤でない部分(鋼鉄弦や金属フレームなど)に触れたりはじいたり、打楽器のマレットやブラシを用いたり、という奏法もある。弦の上にコップや鉛筆、紙やスーパーボール等(用いる道具の種類は枚挙にいとまがない)を置いて、共鳴させたりすることも。そうなると、時には中腰でピアノの内部と鍵盤をいったり来たりすることになり、なかなかに忙しい。
更には演奏に伴い、ダミ声(いつもではありませんが……)や巻舌での発声、テキストの読み上げ、口笛に鳥笛、首に巻いたホースを吹いたり、ということもある。

また、本来の目的と違ったペダルの使われ方はご存知だろうか。そもそも響きを変化させたり持続させたりする役割を担うペダルだが、例えばジェラール・ペソンは踏み込んで上げ下げする音そのものを、非常に巧みに楽音として採り入れている。

話が逸れるが、そのような使用は想定外であるはずのものが楽器として扱われるのも、現代音楽作品の特徴である。フランチェスコ・フィリデイの風船によるアンサンブル。マーク・フォード/エヴェリナ・ベルナッカによる、コーヒースタンドの紙カップ五重奏は、演劇的側面の大きい作品。打楽器奏者でもあるティエリー・ドゥ・メイのライターの着火音によるアンサンブルは、暗闇の中ともされる灯りにより、リズムが可視化される。言語によっては「演奏」という言葉が「遊び」や「演ずる」という意味も持つことを思い出す。

話をピアノに戻そう。作曲家の楽器に対する探究心はとどまるところを知らない。ピアノは表現の可能性を追求するがゆえ、音域を広げる等の拡張を重ねてきた歴史がある。マルトン・イレーシュは、違った切り口からの拡張を試みた。クラリネット、チェロとのトリオ「図面Ⅲ」は伸び縮みするような空間の歪みの中、遠近法をもって立ち上る巨大な建造物のような作品。編成には「ハイブリッド・ピアノ」と書かれている。

ピアノはオクターブを12分割した音律で調律され、一番狭い音程は半音だ。この作品では、左手でグランドピアノの鍵盤を、右手で全体をピアノより四分音(半音のさらに半分)高くチューニングしたキーボードを、同時弾きする。キーボードから発する音は、ピアノの中に仕込んだスピーカーから出力する。そうすることで2つの鍵盤を融合した1つの楽器と見做し、通常のピアノではあり得ない四分音を演奏可能としたのだ。実は微分音ピアノの構想は、イヴァン・ヴィシュネグラツキー(1893–1979)が1918年に作品にしている。調律をずらした2台ピアノによるものだ。イレーシュは一人のピアニストでそれを叶えた。片手88鍵ずつ、全176鍵! この作品は自身の演奏歴の中でも、最恐楽譜に殿堂入りした。
そこへ昨2021年の秋、イヴ・ショリスがパリでの初演作品を送ってくれた。ソリストは調律が異なる2台のグランドピアノを同時に弾き、2つのアンサンブルを従えている。それぞれのアンサンブルの中には、舞台の両バルコニーに置かれたアップライトピアノが含まれており、それらは鏡のように呼応する……。拡張は更に続いているようだ。

こうしている間にも世界のあちこちで、作曲家達が新しい音楽に思いを巡らせ、未知なる音世界の創造を試みている。演奏家達はその伴走者となり、新たな試みや奏法が編み出されては変容を続ける。私たちとともに生きる、ことばのように。


森本ゆり(もりもと・ゆり)

ピアニスト。大阪音楽大学作曲専攻卒業後に渡仏、クロード・エルフェ氏に師事。“Centre Acanthes”ではクセナキス作品に取り組み、作曲家自身やラ・クロワ紙より高評を得る。仏ヴィルクローズ音楽アカデミーより招聘。ソロ活動の他、現代音楽アンサンブルnext mushroom promotion(2005年サントリー音楽財団佐治敬三賞受賞)、アンサンブル九条山(2019年音楽クリティッククラブ賞・大阪文化祭賞奨励賞受賞)各メンバー。
ダンサー・倉田翠、田中泯各氏、観世流能楽師・浦田保親氏とのコラボレーションなど、異分野との協働も手掛ける。