(2026.03.05公開)
この鎌を手にしたのは、東京の美大を卒業してすぐ兵庫県北部の山村へ移住し、自給的な山の暮らしをしながら制作をしようと胸を膨らませていた頃だった。滞在先は自給自足の暮らしを17年ほどしている一家。その一家が体験居候を受け入れていたのだった。
自分の食べるものは田畑で作り、その循環の中で植物を描く。
自分にとって矛盾のない日々の中で制作をしていきたいと感じていた。

幼い頃、土手の草花と遊ぶことと絵を描くことが好きだったこと。
縄文やパプアニューギニアなどのプリミティブな造形に興味が深かったこと。
美大へ入学してすぐの頃、彫刻科の保田春彦先生がおっしゃっていた言葉。
そういうところからの影響だろうかと思う。
明確に記憶しているわけではないが、先生の言葉はおおよそはこのような意味合いだった。
「お前たちは今手にしているものがどう作られ、どうやってここまできたのかわからないから、曖昧な鋸しか入れられないんだ」
体験居候を始めてみると田畑はもちろん、鶏卵、鶏と豚のお肉、山羊の乳、川から引く水、お風呂や煮炊きの薪、炭焼き、瓦屋根の葺き替えなどの家の修繕、図書小屋などの小屋作り、水力発電、バイオガス、暮らしの中で自分で賄えるものはできるだけ賄う百姓暮らし。
その頃、横浜からやってきていた男性がその一家に滞在後、村に廃材で家を手作りしていた。
「家も自分で作れる」ということを目撃した私は、私も家を作ってみたいと思い、その勢いにまかせ滞在から一年経たずに家作りを始めてしまった。
それからもう24年。
荒れた土地を開墾し廃材で家を手作りし、燃料は薪のみ、田畑、天然酵母薪窯パン、養蜂、山仕事、草木染め、野草料理など、様々な暮らしの手仕事を積み重ね、山から学んだ感覚で家族だけでの自宅出産、野草の手当てなど病院にはほとんどお世話にならず3人の息子を育てながら絵を描いてきた。
そうして山の暮らしで積み重なったもの。
それらが絵になる感覚がようやく深まってきた。

「しとね」
油彩、山土、ジュート、パネル
植物を描き続けながらも、土の中の世界も描くようになった。
草の刈り方でその後の草の伸び方や根の張り方が変わること。細やかな根が伸びることで水や空気の道ができて土中環境が豊かになること。その土中環境によりいい菌が育ち、肥料を入れなくてもすくすくと作物が育ち、農薬を使わなくても虫がつかないこと。そこには菌根菌の存在があり、菌が豊かに育まれれば菌を通して植物同士の助け合いなどのコミュニケーションも生まれること。
気がつくと鎌を手に草を触りながら土の中のことばかり想像するようになり、植物ばかり描いていた絵の中でも、土の部分を描く感覚を自然体で描いていると感じるようになった。
そして、土の中のことを山土で作った下地に描くシリーズ「しとね」、暮らしの中で摘んできた植物をただ佇ずむように染めた和紙へ描くシリーズ「掬う」、植物から引いた繊維を紙にして描く「うた」が生まれた。

「掬う」
油彩、柿渋、和紙

「うた」
水彩、苧麻
「森の片隅で幼樹は倒木をしとねに育つ」
そこには植物や菌類、虫や土など様々な蠢きが凝縮されているようで、動植物の命を頂き、菌類の力で生きている人の営みも重なる。
自分の心身には、そうした生き物だけではなく、空気中の見えない塵や風、光、意識していないけれど漂っている音や香りなど、よくわからない様々な微細なものたちもたくさん降り積もっている。そしていつからか、この土地と身体がダイレクトにつながっていると感じるようになった。この身体がこの土地でできているような、この土地そのもののような。
人は土地のものを頂き食べたり焚いたり還したりし、土地に漂うものを受け取り、土地とつながってきたのだろう。自分もしとねの中の蠢きの一つだと感じる。
土中を描いていたつもりの絵も、気がつくと体内でもあるような感覚も生まれている。
そういう身体や感覚を育んできた傍らに、ずっと見守ってきてくれた存在としてこの鎌がある。私と大地をつなげ、制作へと橋渡しをしてくれてきた。
様々な悩みに囚われてしまった時には、鎌を扱うのではなく、鎌に扱われるような感覚で草刈りをすることで心身のバランスを取り直すことができた。
道具に扱われるように使うことで、身体の中から本来の動きが出てくることがある。

山の雪はまだまだ残っているけれど、もうすぐ溶けて土の温度が上がり、山の菌たちが発酵する香りが漂ってくる季節。久しぶりに鎌を研ぎ、春の日差しを浴びながら野山に遊んでもらい、また心身に何かが降り積もり制作の糧となる。
この山に来た時、滞在先の次男であり今の夫がくれた鎌。
厳しい山の暮らしの中で育った夫が大事に屋根裏にしまっていた鎌だったのだそう。
何度も研いで使ってきた鎌は随分と丸みを帯びてきて有機体のような存在となり、私と土地をつなぐ菌のような存在にもなりはじめている。
大森梨紗子(おおもり・りさこ)
1980年、埼玉県生まれ。美術作家。兵庫県在住。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。
自給的な山の暮らしで触れる素材を用いながら、暮らしの中で積み重なった身体と土地のつながりをテーマに制作している。そこから根源的なものが立ち上がればと思う。
2027年
主な展覧会
「バルビゾン派200周年記念展」(テオドール・ルソー美術館、フランス、2025)
「縷々」(茶藝室池半分室、京都、2025)
「しとね -The Ground-」(Gallery Nayuta、東京、 2024)
「呼応」(あさご芸術の森美術館、兵庫、2023)
「未生空間ism展」(宝塚市立文化芸術センター、兵庫、2021-26)
「Conversations Ⅵ Fact x/1 2020」(Spiral Garden、東京、 2020)
「森の展示室」(わち山野草の森、京都、2018-26)など。
作品のサイト
Instagram:@omoririsako
HP:www.risakoomori.com
暮らしのサイト
Instagram:@yamanohane
HP:www.yamano-haneya.com


