アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

このページをシェア Twitter facebook
#132


― 鈴木 良

(2023.12.05公開)

1O1A9352

道具についての文章の依頼を受けて真っ先に思い浮かんだのが「家」だった。
自分にとっては職住一体の道具であり昔からずっと翻弄されてきた存在だからだ。

子供の頃は建物に取り憑かれ、毎朝の不動産広告や移動中の建物探しが趣味だった。吹き抜けや屋根裏部屋、左官や無垢材を好み、土や石で出来た建築、不自然な物が何一つない風景に憧れていたが、日本ではなかなか難しそうだと感じていた。10歳と19歳、二度の実家の建て替え時には図面を描き現場に通ったが、結果はもちろん理想には遠かった。

1O1A9297

それから数十年、東京、パリ、広島へと大きな移動を経て、数年前から京都の古い町家に暮らしkankakariというギャラリーを営んでいる。
石と木と土でできた建物に温かさと同時に神聖な空気を感じ、丘へと続く参道から一歩踏み入れた瞬間、迷いなくここだと思えた初めての家だった。
今はその家の改修を進めながら、年に10回ほど工芸・美術作家や古物の展示をしている。

もとを辿れば2000年頃、移住先のヨーロッパで知った「関係性の美学(relational art)」という流れに対する小さな疑問が今の活動へと繋がっている。
当時は大学もそこそこに、暇さえあれば美術、建築、飲食空間、骨董を巡り各地の街を貧乏旅行。たまに作品制作や展示をしながら、いつか作る空間の妄想ばかりを膨らませていた。
近・現代の美術における自然現象や建築・都市空間に関する作品に惹かれる傍ら、生活の空間から本来の喜びを見据えることで様々な歯車が噛み合うのではないかと感じ始めていた。

1O1A9385

古物収集の影響で、暮らしや信仰の中から生まれた芸術やデザインに対し、美しさや心地良さを手触りで感じてきたことも大きかった。
Living art、Art de vivreという言葉の実感、フランスでのArt populaire、日本の「民藝」や「生活工芸」に対してもすべて古いものを通してシンパシーを感じていた。
ものを通した身体感覚、歴史や文明と紐づく意識、そして大雑把な言葉だが宇宙の法則の実感。大きな流れの上にある工芸やアートを、暮らしの環境の中に見出していくことが愉しかった。

「家」はその根幹にあり、衣の外側で身体を包みながら感覚を開いてくれる大切な装置でもある。
とりわけ民家に暮らすと、身体から世界までの緩やかな繋がりの中に常に身を置くことになる。
火袋の天窓は空の高さで光を取り込み、雨が降ると床板が甘く香り、土間にある井戸が湧く。虫や鳥、動物たちとの距離も近くなった。
自然物や手仕事の表面的揺らぎ、艶やかな陰影の現象、木や土の匂い、天井板や土壁の柔らかな音の反響など、心を鎮め研ぎ澄ませる多くのサインを日々触知している。
大正15年に建てられたこの家は、家がまだ手仕事と身近な自然素材で作られていた末期の「工芸の家」と言えるかもしれない。
そんな空間の中で、人の手によって作られた様々な作品に触れられることに幸福感を感じている。

1O1A9315

北欧の島の野外民族博物館で木の家から森を抜け海までが繋がる感覚、祖父の家の近くにあったアイヌのコタンの草の家や、江戸期の茅葺きの田舎家で感じた大地と宙が反転する意識、ネアンデルタール人が暮らしていた洞窟から眼下に広がる土地の起伏や光を眺めたときの安堵感、そうした家の体感が自分の中に残っている。

kankakariはそんな意識の中で偶然出会わせてもらった一つの家だ。
そろそろ理想の家探しを止めてもいい頃だが頭の中では日々途切れずに妄想が続いている。
人は最期まで家というものに翻弄されるのだろう。

1O1A9396


鈴木 良(すずき・りょう)

kankakari主宰。
埼玉県生まれ。
早稲田大学政治経済学部中退。2001年渡仏。パリ第8大学美術学科卒業。
写真集『listening to architecture』出版。
2014年帰国。広島で店舗・ギャラリーを運営。
2021年、京都市北区の民家を改修。
ギャラリーを運営しながら空間作りに携わる。
www.kankakari.com